感想 | TOP
ああ芦別
− 芦別の地誌 −
|<< < 3 / 3 > >>|

5)芦別の地誌

最後に、二十歳すぎたぱかりでろくに分別もない青年を暖かく迎えて、闊達
な青春の時を過ごさせてくれた芦別の山河と、そこに営まれていた心豊か
な人々のコミュニティ一に対し、大いなる敬意と追憶の情をこめて、芦別の
地誌を振り返っておく。

1・芦別市
芦別市は北海道空知支庁中部、空知川流域に位置する市。広大な市域を擁
し、かっては石炭産業で栄え、最盛期には人口7万を越えたが、閉山にともない
激減し、2009年では1万7千人。
市の名前は市域南端から中部にかけて南北に貫流する芦別川に由来し、そ
の「芦別」は、アイヌ語のアシュペツで川底深く険しいところの意という。
原始林の御料地であったこの地に、1895年、富山、石川からの集団移住
により農地が開ける。

1900年、歌志内村から芦別村として分立し、芦別村戸長役場設を設置。
1915年に炭鉱開坑。41年町制施行、53年市制施行。
炭鉱の最盛期には、芦別五山と称して、油谷鉱業、高根炭鉱、明治鉱業、
三菱芦別炭鉱、三井芦別炭鉱を擁したが、1963年の明治鉱を皮きりに閉
山が続き、1992年には最後に三井が閉山した。

2・芦別岳
市域の大部分は空知山地が占め、南東境には夕張山地で最高峰の芦別岳
(1727m)が聳えている。深田久弥さんは、「日本百名山」の後記で、
この芦別岳も有力な候補であったと述べておられる,根室線の山部 (やまべ)
から登る。JR芦別駅前にあった会社の出張所に宵のうちから泊まり込み、
翌早朝5時頃の下り急行を利用する日帰り登山だった。

3・芦別川
芦別岳の緩傾斜面を西に流れる幾筋もの川が低地に集まって「芦別湖」を
作る。芦別川はこの湖から北向きに流れだし、川岸、頼城、中の丘と下り、
七下目付近で、歌志内境から流れだす炭山川を西の方から会わせ、西芦別地
区を経由して、芦別市街で野花南から下ってきた空知川に合流する。

4・空知川
「そらち」、アイヌ語で「滝下る川」の意。空知川は、雨竜川に次ぎ大河
石狩川第二の支流である。
十勝岳近くのホロカメットク山 (十勝岳と富良野岳を結ぶ稜線に近く、十
勝岳登山道からその独特の山容が望まれる)からは二つの川が流れ出してい
る。南西斜面を流れ下る空知川と南東斜面の十勝川である。空知川は金山
(かなやま)付近で北に曲り、富良野盆地を潤したあと芦別市域を北西に斜
断する。芦別市街で芦別川を合わせ、滝川市で石狩川に注ぐ。
並行する国道38号線の歌志内入口近くに、国木田独歩の文学碑がたって
いる。「国木田独歩曾遊の地」の文字と、「空知川の岸辺」の書き出しの部
分が石碑に彫ってある。

5・三段滝と夫婦滝
残念ながら芦別には景勝地と呼ばれるようなところがない。私の認識不足
かもしれないが、思い付くところは芦別川上流の三段滝と、空知川の支流の
幌内川の上流にかかる夫婦 (めおと)滝くらいのものである。三段滝は、層
雲峡の柱状節理が横倒しになったような感じでなかなかのものではあるが、
惜しいかな、規模の雄大さがない。
夫婦滝は新城から幌内川沿いの、踏みあともはっきりしない藪道を遡る。
ルートは眺望がなく、足元もよくないが、そんな時にぽっかりと現れる二筋
の滝は一見に値する。ただし足元の草漆にかぶれないように要注意。

以上
[追記]
北海道、なかんづく芦別に対する思い入れを、私は折に触れては拙い随筆
にして、おこがましくも他人様に読んで頂いたりもしてきた。同様の趣旨で
このたび、これがおそらく最後の作になるだろうとの思いで、その集大成と
して「ああ芦別」を脱稿した。そういうことで、本稿には随所に過去の作文
と重複するところがあるかもしれない。ご寛恕のほどを願います。


<2014/01/02 10:59 糸山剛二>消しゴム
|<< < 3 / 3 > >>|

TOP | 感想
まろやか投稿小説すまーと Ver1.00b