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アクセス分析

仕事と趣味と両方に同じ分析用cgiをつけた。趣味のページが後だけどこれが予想外の動きをした。
仕事のページが趣味のページのカウントと分析を始めてしまった!
つまりダブルカウントダブル分析、確かに同じサーバー内に2つ借りてるんだけどハード的には分断された別々のコースで借りてる。
このあほなプログラムは2つを同じものと判断し、合算。
ところが趣味のページの方は何事もなく、一人分析を続ける。

参ったね、これだけ大きく複雑なプログラムは中身が全然分からんです。
考えた末にフォルダ名もcgi名も同じ、ならば変えてみよう。
格闘すること3時間、アクセス解析を張り付けた仕事のページ50を一気に書き換えた。
治った!
前日、趣味と合算し150アクセスが翌日はいつもの30前後に落ち着いた。
一つプログラムを加えると一つ悩みが増える。
いつもこの繰り返し。夜を削り、時間を削ぎ眠い頭を揺すりながら人生を駆け抜けていく。
きっとこんなことして机の上で突っ伏して死んでいくのかな?何て思う。
いつも何時でもユメノナカデ生きてるから。

夢、とんとこ?市

夢、
人を殺して旅に出ようとする。

集会所の中、誰かが液晶のテレビに昔のテレビみたいに大きな木製額縁を付けた。
そのことで話し合っていると中学時代のケンカ相手がやってきて嫌みを言う。
普段なら怒るようなことではないけれど、
急に昔の怒りが湧き起こって、奴を掴んで振り回す。
雑巾のように細長くよじれ手の中で小さくなっってしまった。
あ、殺してしまったと思い何故かやつが持っていた緑色の台所洗剤ボトルを左手に持ったまま逃走する。

警察が追って来る前に逃げなければ。
タクシーに飛び込み何処でもいいから出せという。
どこかのドラマみたい。

車はノンビリ見知らぬ畑のなかを走る。
貯金残高を考え今後の逃走資金と逃げ場所を考える。

急いでいるのに何故か本屋の前で車は停まる。
二人で中に入る。
運転手と旅の本を探す、地図と新聞も買う。
新聞を広げた運転手が見ていたのは今日の競馬の結果。
ほっとする。

どこへ行こう。運転手は私ならとんとこるいも市に行きます、と言う。
それ何?何処?
聞いても、知りませんと笑って答える運転手。
面白い名前でしょ、私なら其処に行くなと言う。

ちっとも面白くない、わたしゃ北海道の出身だ。
留萌ならしってるけど・・・。

目覚めたら絶対覚えていないなと思って何度も夢の中で反芻する。

でも結局覚えられなかった・・・。

正月休みは終わった

10連休のはずが会社に来ているはずの年賀状が気になり遂に出てきてしまった。
折角だから明治神宮で初詣も済ませる。奥様は今年は欠席、昨年不幸が有ったからね。
それほど混んでいない、会社関連は午前中だし、午後は個人か観光客。
いつも詰まらず、御神体は影も見えず、見えない白布に向かって未来を託す人達。
後ろが詰まってるので素早く白い鳳が飛翔するイメージを結ぶ、短時間ながらうまく行く。
唯一の休憩所のオープンスペースは人だかり、レストランだけは高く見えるのか毎年ガラガラ、ここで温かいココアを飲むと心が休まる。
食事はしたことない。
屋台の匂いと雑踏、ながれるひとを見ている。

神宮の森は静かに泰然と見守ってくれる。
買った御札はただの木の札、御神体のかけらが宿るわけでもない。
それでも毎日手を合わせる、商売をしてるから、目に見えない流れの中で生きているから。
今年がどうなるか何て分からない、進んだ航跡が見えるだけ。

長いなー人生は。

ホームページビルダー

ホームページビルダーを新規購入した。バージョン20。今までのがバージョン6!ほんとの6、15年ぶりに替えた。
今まで何度も変えようとしたが評判を見てその都度思いとどまった、今回はスマホページを自動的に大量変換する必要に迫られて購入した。
結果、変換は最近の標準モードで作成したファイルだけがちゃんとスマホページに変換できた、多分1年分くらい。
残りは使い物にならへん。
新しくなっても動作が恐ろしく重く、今開いたばかりのページを閉じるだけでも10秒またされる。
更新や上書き保存などとんでもなくじかんがかかる。
仕方ないので、20でしか出来ないことだけやって、残りの大部分は古いバージョンで行うことにした。

cssで段組しフレームを止めるようにしようかと思ったけど、趣味のページは1300ページもあってこれらを効率よく表示する方法はフレームしかあらへんよ。
国会図書館のホームページでも参考にしますか。

おまけにお仕着せのテンプレートは大嫌い。
その辺に転がっている打ち上げられたトドみたいな有料パターン化されたページは皆このタイプじゃ。

かくしてようやく取った正月休み10連休はホームページビルダーテストで3日が消えた。
後は何しよう?
期待を込めた浜田省吾コンサートチケットは1枚も買えず、遠く沖縄から九州までチケット申し込み、ホテルも調べ飛行機も直ぐに買えるようにしてたけど、知らせはいつも無情、落選の文字が張り付いていた。
疲れきった体には良かったのだと無理矢理納得させようにも、休日3日で体調は戻り筋肉に力と張りが甦ってきた。
何かしたいよ!
自分の誕生日と正月の実家巡りでは面白くもない。
よく働いたと自分を誉めても、3日で甘い言葉のご褒美も尽きる。

魂は違うことを求めている、それが何か分からない。
モタモタしてると来年の仕事の渦に巻き込まれてしまう。

洗濯機の縁を歩いている蟻のようだ。
オリンピック景気に世の中は浮かれ叫び声も上げずに押し流されていく。
端っこでもがいている、時代の意味さえ知らずに。
何故ここにいるのかも分からずに。

さらばWiMAX

WiMAXがWiMAX2になった。従来のWiMAXも残るがスピードが10MBになってしもた。niftyは乗り換えを即す。でも替えたい機種がそもそもない。
私はUSBスティックタイプが大好きなのだ、これでなけりゃ停電時もPCと一体で動いてくれない。
ちっぽけなクレードルも試したけれど電池の持ちが悪すぎ。
その上PCから電源を入れられずいちいち、クレードルまで行ってボタンを押してからネット開通。
こんな不便で中途半端なものは注文できん、
それに第一わたしのノートパソコンはあの3.11大震災の計画停電対策で買ったXPなのだ。
今ではWiMAX2の端末にそもそも対応していない。

ならばと順番に攻めることにした。
先ずはノートパソコンをwindows7に替える。
無論本体ごと。去年のxp騒動が甦る、忘れもしない1年前のゴールデンウィークの全てを費やして3台のパソコンを入れ換えた悪夢。
自宅のxpはこのままでいいやとほっておいた、
結局何の不都合も起きなかった。
重要な更新は続けられたのだから。
見てるとwindows7と同じ日にXPも数こそ少ないもののちゃんと更新を続けていた。
騒ぐこと無かったね、いや騒いだから更新し続けたのかな。

パソコンにお金をかける習慣はない。
何台もが5年程度で使えなくなる。友人は1台15万以上かけると言ってたけど、わたしゃ3台全部でそれくらいだ。
テレビだって5年ごとに買い換えなきゃならなくなったら皆怒ってしまう。
平気でパソコン業界はそんなこと続けてきた。
だから業務用以外は見放されつつある。
小さくて便利に見えるスマホにとって変わられた。
それすら不安定だけど。

かくして17.3インチのノートパソコンを格安購入した。
いつものヒューレットパッカード
液晶に問題があって1台目は交換、2台目も余分なセキュリティソフトがどっさり入っていたので削除と引っ越しに1週間以上かかった。
かくして仕事の疲れに加えて疲労はピークに
何せ過去最高に忙しかった年より今は10%以上多忙なのだ。

2週間以上もかかってようやくホームページ更新も出来るようになった。
そこでようやくWiMAX2の新規契約。
さほど深く考えずに据え置きのルータタイプを選択。
バッテリーでも動作しそうだから。
離れた部屋でも届きそうだから。

こんなことで大事な人生の時をすり減らしていく、若いときはパソコンをいじりプログラムすること自体が目的だった。
今ではその空しさだけが残った。
5年毎に訪れる危機、面倒だから人に頼んでしまおうかとも思う。
そしたら自分が時代の先頭に居ないことになる。
何時かはその日が来る。

巨大な流れに乗ってサーフィンし続けることが出来なくなる、
丘で海を見ているだけ、
やがて強い日差しを避けるために自分の小屋に引きこもる。
そして木の椅子に腰かけて皺だらけの目を細め、遠い海を夢見る。
そして、そして、そして...,

夢 海辺のリゾート

海辺の白いリゾートマンションを何故か遺産相続した。
本当は誰のかも分からない、行ってみると病院のような雰囲気の広いリゾート。
隠れるようにしてエレベーターホールから上に上がろうとする。
看護婦さんの集団がやってくる、こちとらまるで望まれない客みたいだ。隠れるようにしてエレベーターに乗り込む
目的の部屋はホール横の変形した小さな部屋、景色も良くない。
古い匂いを嗅ぎながら眺めていると床下から水が溢れてきた。
どんどん溢れてくる。あっという間に腰まで浸かる、
窓を開けなくちゃ、クレセントをいじるけど内側からうまく開かない、まずいこのままでは溺死する。
思わず隣のバルコニーを見ると取り巻きに囲まれた頭のおかしそうなカラーヘアーの老婆がこちらを見てる。
開けてくれと言うとなんじゃねと簡単に開けてくれた。
何だ簡単じゃないか。
背後を見ると水は消え床もぬれていない、今のは一体何だ?

金の持ち合わせもない、腹がすいたのでとりあえずレストランに降りていく。
海辺と一体化され、海の砂浜がそのまま部屋うちに延びてきてガラスだけが外と内を区切る。
金持ちそうな若いこがプールではしゃぐ。
波が窓のすぐ横で2階分も立ち上がり、白く渦を巻き山のようになって押し寄せてくる
ガラスに激突し割れる思ったら、水族館の水槽ガラスのように易々と跳ね返した。
誰一人床よりも1m以上高い波が当たっても何とも思わない。
こんな仕様があるのか。

ホールには人が集まり思い思いに寛いでいる。
もうすぐ始まる外車のオークションを待っているのだと言う。
少し時間があるから近くの町まで買いだしに行く客もいる。
まるで道端で売ってる野菜を買うみたいに高級車を物色してる。

金持ちすぎて使い方のレベルが違う。
自分が無一文になったように感じる。
カードで下ろしたくても町に行く車も持ってない。
この白亜のレジデンスにただ一人乞食のように立ちすくむ私。

そこで目が覚めた。

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夢解釈)

世の中には、遥か上まで天井知らずに金持ちはいる。
自分がそういう社会、集団に属していなかっただけだ。
彼らは彼らだけで固まる。他を寄せ付けない。

一端その世界を知ったら自分が惨めになる。
わずかな余裕など川に流れる浮きゴミみたいだ。

もう秋だ

忙しくて体の回復が追いついていかない。そんな日々が続いている。
それでも秋だからと、モネ展、二紀展、元陽展へと足を運ぶ。
上野公園にも行ってない。
これはいくら何でもナ~と思う。
美術に触れてその場所でお茶を飲み窓の外の枯葉の感触を心で感じる。
絵を描くこともない、スケッチもしない。頭の中でもやらなくなった。
やるのは料理のシュミレーションのみ。

何もかもうまく行くはずが私生活の面でずっこける。
運命のバランスってやつに足を取られ転びそうだ。

やらなければいけないことは山積み、何もしないと今年が終わってしまうよ。
時間と体力の競争。それでも趣味の故郷の街シリーズは欠かさず作成し続けている。

どこか行きたくなった。紅葉の高尾山じゃ安直か??

夢)建築が泣いている

5階建ての古い病院のような建築。
1階が若い人のブティックのようになっていて細々と営業されている。
同潤会アパートみたいだ。一人で室内をぶらぶら歩いているとあなたを探している人がいると言われた。
若い外国人で私を知っていると言う。

誰だろう、光が薄闇を刺し貫くスキップフロア空間を体が勝手に漂っていく。

見つけられない。その場所を抜けると外に出た。
驚いた事にこの建物は巨大だった。どこまでもどこまでも続いている。
柱が茶色く古くなり肥大した像の足のようになっている。
縦に筋が通り、根っこから膨れ上がって未知の植物の根のように1本にまとまっている。
突然音を立てて柱が崩れ始めた。

危ない、逃げろと中に居る人に叫ぶ。
柱が連鎖的に支えきれなくなった脚の様に折れていく。
茶色い粉塵が上がる。真っ赤な血の様な色だ。

ドミノ倒しのように倒れ続けるけど、まだ先は残っているんだという気がしている。

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結婚した頃、大きな客船が海上で錆びて、血潮のような噴水を上げて垂直に沈んでいく夢を見た。
何かが変わり沈んでいく。

今もそうだ。今まで生きる上で自分を支えてくれた根幹が血を流して過去に沈んでいく。
一体人はどれだけ心の血を流したら済むのだろう。
誰にも見えない、自分だけの生き方。それを時は容赦なく剥ぎ取っていく。
それ無しには次に進む事は許されないとでも言うように。

裏磐梯は遠かったか?

もう行く事はないと思っていた。福島県の裏磐梯。
あの3.11以降、フクシマは近寄りがたい場所になっていた。

何度も行った懐かしい高原ホテルのHPを見たらすっかりリニューアルして、あのうらぶれた少数の洋室が全面改装、大半を占めていた和室が消えていた。
そうでもしなければ客は戻らないと踏んだのだろう。

おおこれはいいかも、奥様がこれなら行くと言い出した。
今年は上高地の予定だったけど義母が亡くなってから当分旅行は行かないと言ってたので、これを逃すと当分行けなくなる。
決心して出かける。放射線量も大したことはないみたいだし。

例によって慌しくスケジュール組み、必死にそれに合わせて仕事をこなしていく。
旅行直前の仕事は断ってしまった。
絶対断らない、を大原則にしてきたけど夏休みですと言うと相手も納得してくれた。

当日前後は雨マークがボウフラのようにWEB画面上に漂う。
大丈夫、私が行くところ雨は降らない、強気の発言に自らを押し出し突っ込むと、現地入りしてから雨はぴったり止んだ。

ファイル 251-1.jpg
外壁の板張りも深めの色に塗りなおし、しっくりと古さを漂わせつつ内部は輝く。
ロビーを抜けるといつもの旅人を安心と懐かしさで包んでくれる弥六沼が迎える。
プライベートレイクだ、その向うに禿山の裏磐梯山が正面を向いて聳える。
以前よりも茶色い肌がむき出しになり悲壮感さえ漂う。
この無残な山景色をパンフでは美しいなぞと称えている。ありえん。
水面に映るそのえぐれた影が揺らぐ様は確かに人の心を動かす。
そうここは裏磐梯高原なのだ、というしっかりした印象を焼き付けていく。
ホテルはおしゃれになった分、気楽ないつでもランチは消え、大好きだった喜多方ラーメンももうここでは食べられない。

それでもこの場所は特別なのだ。二人にとっては唯一無比、かけがえの無い場所。
また来られて良かった。宿泊費は1.5倍にもなったけど、上高地よりは安い。ふ~~。

ファイル 251-2.jpg
もう五色沼をてろてろと歩く事もない。
2つの湖と沼でひたすらボートを漕ぐ。

意外と漕いでいる人が少ない。
かつては水が透き通り、底から水面まで立ち上る水草が不気味だった毘沙門沼も人影は少なく、
水草影?もなく、ただぼおっと水面を見やる人ばかり。
どちらが植物だか分からん。

途中でそれまでのボート漕ぎが祟り、股関節が痛くなり漕ぎ続けるのが難儀になる。
どこかに埋もれているかもしれない幻のセイタカ水草を求めて漕ぎ続ける。
水面に浮かんでいる枯れ果てた茶色い細い茎ばかり。
こりゃ上高地の大正池と一緒だ、温暖化で消えたか、風化したか、見守る私が劣化してるのか?

ファイル 251-3.jpg
高原ホテルの部屋はラグジュアリー何とか。磐梯山正面の良い部屋だった。
ベッドはダブルのように巨大で、両手がヘリをつかめない。
洗面所は部屋と一体。これはアウトだね。
でも以前の薄汚れた低い天井の3点セットしかない暗い部屋からすると雲泥の差、としか言えない。
行く度にホテルのご意見書に注文をつけた。駄目だ、この部屋じゃ。
でも洋室は数部屋しかなくいつでも薄汚く、広いだけが取り得。

それでも何度も行ったのはロケーションが替え難かったから。
それが遂にリニューアルやってくれた。

2泊目はグランデコ。東急系の面白系意匠のホテル。
こちらも部屋名が偶然ラグジュアリー何とか。昨年リニューアルした部屋らしい。
広くてそつが無くて安心できるホテル。2度目。
こちらの部屋から見える裏磐梯山は高原ホテルとはかなり趣が異なる。
えぐれた山頂がかなり重なって見える。

ファイル 251-4.jpg
以前寒すぎて買ったホテルのロゴ入りのトレーナーがまた欲しくて来たけれど、
売店にはもうオリジナルグッズは無かった。
古きよき時代の思い出。それを懐かしむ古い私の心。
戻らないものは多いのに、新しいものは受け入れ難い。

そんな気持ちを抱いてそれでも何処かへと向かう。
ここ数年で一番長い夏休み。5日間。
標高1200mのデコ高原は涼しいけれど、寒いといった方がぴったり。
ケーブルカーで登る景色もどこか何時も一緒で、馴れすぎた遊園地の遊具みたいだ。
眼下に見える移りゆく景色も、遠くの山々も、向かってる湿地帯の高原も
皆どこか遠い想い出みたいに見える事がある。

ファイル 251-5.jpg
記憶が多くなりすぎて脳が勝手に景色を合成し、現実を実は見ていないのだと思う。
子供の頃に戻りたい。先入観無く真っ白な心で、全てを強烈に焼き付けていったあの頃に。

さよなら今年の夏。もう会えないね。

新国の行方

新国立競技場について建築猫はどう思っているのか?
答え、何も思ってない、感じてない。
何故ってコンペに参加していないから。巨大過ぎて参加表明すら出来ないから。

日本の多くの競技設計は最近とみに実績重視となっている。
類似した建物の設計を過去10年以内にやっていること、云々。
これでは初めて参加したい者には永遠に初めがやってこない事になる。
少なくとも自力では出来ない。それに加えて東京都が近年打ち出したデザインビルド方式だ。
設計者は基本設計だけ、あとは建設会社に設計施工でお任せしなさいという方式。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/knp/column/20141226/687870/?rt=nocnt

従来の設計施工分離の原則は都自らが打ち破ってしまった。
最早アトリエ系の設計事務所に参加するチャンスはない。

今まであったのかというと近年は数年に一度のみ、類似実績をきびしく問わない方式が。
台東区の浅草雷門前の観光ビルコンペはその一つ。勿論作品持参です、私。
意見を聞いた構造設計者が今まで見た事の無い構造と形の案です、と言ってくれた。
と、それも遠い日の打ち上げ花火。

安藤さんの会見を見た。彼を叩こうとする人たちが多いのには驚く。
誤解を恐れなければ、従来のアカデミー出身者にはその傾向が強いと言える。
私自身もかつてそうだった。
あのボクサー上がりが、的な反アンタダ派である。
でも冷静にじっくり見ていくと彼の作品は緻密で美学と信念に裏打ちされた芸術の域に達する作品だと思えてくる。

その安藤さんがコンペの内情について話した事、極めて当たり前、建築設計者なら当然と思える内容だった。
大体、建築費などと言うものは、今でこそネット上で予算が合わなくて設計者と施主が裁判、
などと書かれているけどそれは住宅のように小さくて予算が見えやすいものの話。

大きな建築では施工会社が複数参加し相互競争により下げていくのが普通だった。設計者自らが積算することは無い。
我々は意匠設計者なのだから。

彼はそれを言っただけ。自分たちはデザイナーなのだと。
設計者は彼らの意見も聞きつつも守るべきところは守る、という姿勢は崩さない。
さもなければ建築では無くなるから。美学と信念に裏打ちされた社会的な建物、環境ではなくなるから。

安売り神話が何をもたらすかは自明の理。

新国の優れた評論はこれ、ほぼ全面的に支持します。
http://blogos.com/article/89162/?p=1

ザハハディド案は好きかって?もし若ければ
あの妖怪のようなおばさんに弟子入りしたいかって?
答えはイエス。曲線を自在に操り現実化していくことは長い間我々の夢だった。
若い頃沢山描いたスケッチは数量化されない、という点でテーブルにも載せられない不遇の時代が続いた。
それが今は出来る時代だ。コンピュータが計算して数値化してくれる。数値化=現実化である。出来ないとは言わせない。
以前は図面に曲線を描いたらこれをなぞれ、そっちで数値化しろ、と渡したこともあるにはあったけど、後悔・・。

私自身、新国には全く無関係かと言うとそうでもない。
国や都がやる大きなプロジェクトでは大きく周辺不動産の価値が動く。すると私にも依頼が来る。
今回も例外ではない。

ただそれだけのこと。