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今日も遅刻だ

今週3回目の遅刻、普段でも10時前に着くことはない、それが1時間の遅刻!
疲れてるときはもう無理しない、電話も殆どないし人も訪ねては来ない。
全てがメールで始まりメールで終わる。
15年前に東京に進出したときに誰が想像できたろう。
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故郷芦別の詩

現実の色が薄れ、日々の消え去る速度に戸惑う頃、
浅いまどろみのなかで魂が北へと旅たつ夢を見る
深い渓谷の轟きから離れ草原を蛍のように照らす。
僅かな灯火のなか探すのは消えた古い思い出の家。
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青春の村野藤吾

遥かなる昔、まだ我々が青春と呼んだ時代があった。
大学の同級生と箱根芦ノ湖に行った。
そこには目指すべき建築、村野藤吾のホテルが湖畔に佇んでいた。

恐る恐る近寄る、プリンス系でも一際グレードが高い。
とても貧乏学生にはホールに入ってお茶を飲むなんて出来ない。

湖の波打ち際で戯れるのが関の山だった。
その小さな小波を見ながら一つ誓った。
建築家になったらここに戻ってくる、必ず。
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あれから40年という時を経て
遠い記憶が甦り今年の秋に箱根に行った。
ザプリンス箱根芦ノ湖という名称になっていた。

何度もリニューアル繰り返した部屋。
完全な扇形、というか円形。
狭いバスルームの壁さえも扇形に合わせた多角形。
部屋は当時のプリンスの規格の2倍、38平方メートル
勿論扇形で全部同じ作り。

リゾートの部屋からの景色優先なぞという世俗的発想には陥らない村野先生。
おかげで半分以上の部屋が山側、庭側、エントランス側になってしもうた。
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おまけに国定公園による制限か、3階で押えられているものだから僅かな景色の良い部屋を巡って争奪戦となる。

ホテルでは満室と断られ、やっとこさJTBでレイクビューなる部屋を押える。

これが行って見たら限界レイクビュー部屋。
あと一部屋でアウト、みたいな部屋だけど、
棟の周りにやたらと背の高い杉の木がにょきにょき生えているお蔭でさほど、劣等感を感じずに済んだ。

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ホテルの外観もそうだけど内部も村野一色で固められて、
ここまでやったら絶対業者に嫌われるという限界デザインの数々。
昔の巨匠はこうだったんだ、と大雑把な丹下さん作品ばかり見てきた私はつぶやく。

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ナウマン像の足のようなバルコニー隔壁。

レストランとエントランスホールはこれでもかと職人を苛め抜いたあとがくっきり。
ツツミさんが背後にいなかったら無理だねこりゃ。

18ヶ月ぶりの。。。

風邪をひいた。平日の金曜日に休みを取り医者に行く。
沢山の薬を手に喜んで帰宅。1年半ぶりくらいのこと。
毎日が複数の締め切りに追われ、追われ、心の緊張が取れずにいた。
ようやく、ようやく休んでいいよと建築の神様が言った。

終末に体を鍛えることもせず、布団の上で干された大根のように伸びる。
日々の緊張でこちこちの体が、ようやく3日目くらいで伸びきってくれた。

いくら旅行に行っても心は晴れず。
ついでに天気も晴れず。今年は散々な結果。
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8月の末に奥様の誕生日祝いに裏磐梯に行った。
天候は不順で画像も暗い。心も重い。

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雨模様の天気に心重く遊覧船も出航せず、仕方なくダリ美術館に行く。
いつでも発見はあるもので、その膨大な作品と時代の中で翻弄された人生に、ダリ見直しました。

結局心に残ったのは翌日の喜多方へ行けた事。
念願のラーメンを食べるぞ、と勇んでいったものの、
大量の店にも関わらずどこが旨いか口を閉ざす関係者、
何処がお勧め、聞いてもタクシーの運転手なら、観光協会なら、
バスの運転手なら、と廻され道を歩く人までも口裏を揃える。
ま、当然といえば当然。

タクシーに乗りラーメンガイドを見ながら勘だけを頼りに行き先を告げる。

店の美しさも加味して決めて入ったらこれが大正解でした。
北海道で生まれ育った私は関東のいかなるラーメンを食べても美味しいと感じなかった。
ま、あの時代のラーメンが再現不能でまた家庭で再現すべきものでないことは試行錯誤の後で知ったのだけど。
知らぬが・・・なのだ。想い出はそのままに。
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しか~しここは違った、正統派でスープのこく旨みを出してる。
思わず店主を誉めた。
次回の割引券貰ったけど、車移動手段を持たない我々には無理。
次は20年後か??

浜田省吾行って来た

9月18日、当日は雨、それも開演時間間際はどしゃぶり。
長野駅からビッグハットまで、シャトルバスも出てたけど
駅の反対側からタクシーで行く。
目の前には中年のハマショーファンの二人が待っている、
初見らしかったけど仲良く1台の車に同乗して行った。

しばらく待ってからようやく来た車に乗る、雨が強くなり
窓はシャワーのように流れる雨で見えない。この中で並ぶんかい。
ワイパーも歪む程の雨・・という忘れていた歌詞が頭の中で甦る。

席は6mある中央通路の最前列。前で踊れそうなくらい空間があった。1曲めから総立ちとは知りませんでした。
ウッソー、おじさんは無理。

初っ端から怒涛の様に始まり、物凄い密度で流されていく。
この声は一体何?というくらい省吾の声は力強い。
演奏も力の限り吹きまくる。


奥様は「ラストショー」という曲ががすっかり気に入った様子。
さすがにこぶしを振り上げてはいなかったけど。
会場は50代が中心。半分以上は女性。皆飛び跳ねていた。

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終演後に見ると会場の外にはツアートラックが置いてあった。
思ったより小さい。
帰りは真っ暗な住宅街をとぼとぼ駅に向かう。飛び跳ねたせいで腰も足も痛い。
もう無理やン、そう思ったら目の前にタクシー君が止まっていた。

省吾ありがとう、40年間も聞き続けたよ。
独立してからは日々が戦いで、戦場に向かう道では何時も頭の中で省吾の曲が鳴りっぱなしだったよ。

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浜田省吾

浜田省吾のツアー初当選する。
横浜アリーナと長野ビッグハット、2日ずつ合計4件に応募し、長野1日のみ当たり!

昨晩WEBで探した宿は長野駅前も軽井沢まで全て満室、
9月18日は丁度3連休の真ん中、早い人はきっと当選が決る前に宿の予約取ってるのだろうね。
こちとらその辺は素人。

翌日仕切り直し、
ようやく10日前にオープンしたばかりのホテルのツインを予約。
新しすぎて旅行会社の宿泊システムがついて行かなかったのかも・・。
直接電話作戦で3本目でゲット。何だか拍子抜け。

昨年のホールコンサートは人数も少なくファンクラブでも当選しなかったみたい。
沖縄から宮崎まで片端から応募したけど全部外れた。
今年は大きめのアリーナコンサート、動員人数が数倍!何とか25%の確立で当たった。
当選してから知ったけどキャンセル無効って書いてあったよ。

いいな~人生の予約って、子供の頃みたいだ。仕事の予定ばっかりで楽しみの予定は殆ど無いから。
翌日も休日だから軽井沢で遊んでこよう。

ずっと人生の応援歌だった浜田省吾、初めて行きます。
昨日から頭の中ではハマショーの歌が鳴りっ放し!

夢、恐怖の赤ん坊

自宅に大勢の人が集まっている、自分の一族もいる。
母も姉もいる。
みな畳の上でごろごろしてくつろいでいる。緊張感ゼロ。
中心は白いおくるみに包まれた赤ん坊だ、皆が競って抱きたがる。
他の部屋を回るとあまりよく知らない家族が何組も個室やリビングで寝ている。
一瞬驚くが皆静かに了解の下、大人も子供も整然と休んでいる。

自分の寝室に戻りようやく赤ん坊の顔が見られると喜ぶ。
抱き寄せると髪が白くなったしわくちゃのお爺さんの顔だった。
何だこりゃ、放り投げる。
背中を向けた赤ん坊もどきは動作も実に可愛らしく見える!!

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これは日常的な夢、日々の感情が映像化されただけ。
例年だと3月の年度末をもって、多忙な年度は終了する。
4月から仕事はぐっと減って、5月もひま。6月からぐいぐい上昇というパターン。
今年もそれを待った。過去最多忙の年よりも今年はさらに多忙だった。
待ち続けた。心も体もとっくに限界を超えていた。
これは何かの間違いのプレゼントだと思った。
4月が来た、ペースは落ちない、5月、6月さらに忙しくなる。
もう入院するしかない、と思ったら7月直前に止まった。

サンタさんの真っ赤な列車は止まったのだ。

それで今週はぐたぐたと過ごした。通常のペースで仕事が出来る。
そう思うとうれしく、半分以上は遅刻。それも1時間。
ただでさえ遅い始業時刻は輪をかけて遅くなり、体は惰眠をむさぼる。
もう初夏なのにね。
それだけ、それだけの意味、、、、のはずだけど最後のお爺さんの赤ん坊が分からない。
自分の事だろうか?
それとも失われた愛情の残滓だろうか、うう苦い。
当分謎です、考えよう。
似たような夢が出てくれば分かるはず。

それまで寝ていよう浅き夢をむさぼりつつ。

伊勢志摩へ

サミット直前の伊勢志摩に行く。
GWは何処へも行かず近場でという選択が多かった昨今。
今年は11連休とった。無理やり。だからどこかに行かないと勿体無い。
奥様が候補を挙げた、伊勢志摩!
今の内に行っておかないとサミット後は高くなるという珍妙なご意見。
ま、それもよし。
人気のあるホテルを上から調べて電話していく。
何故か一部屋も空いていないホテルがある。聞いてみたらサミット関係者で貸切状態。
迷った末に、タラサ志摩と鳥羽国際ホテルをチョイス。

タラサ志摩はバブル終了期に西洋環境開発と西武で開発途中だったバブルホテル。1992年の雑誌「新建築」にも載っていた。
流麗なフォルム、波や貝殻をモチーフにしたような建物だ。

一気にあの頃の記憶が甦る。行かねば。タラサへ。
旅行サイトのレビューを見るとひどい事が一杯書いてある。
浴室はカビだらけ、廊下の絨毯ははげてる。
部屋には虫がいて入れない。スタッフが少ない等等。
当初はタラサに連泊の予定だったけど取りやめて一泊だけにした。
行ってびっくり、実際は5年前にリニューアルした清潔感あふれる美しい部屋。
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窓の先は一杯の海。途中で投げ出されたといえ、バブルリゾートそのものでした。
プライベートビーチにも見える眼前の砂浜。
予算が足りないのか、中国から運ぶはずの砂は足りず、砂浜は茶色くなってる。
海を見てじっくり自分の人生を振り返る、なんてとこまでは行かない。
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近くには海の博物館、内藤さんが設計して学会賞をとった建物。
駅からだと恐ろしく不便な場所にある。
ホテルからだと歩いても20分程度。
たぶん、西武によるバブルリゾートの一環として作られたのだろう。
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大規模木造建築物の先駆者的な建物。
木組みが表情豊かでインテリア含めてデザインされてる。
海へと下りていく荒々しい扉の仕上げ、簡素で当時流行の手摺、
木材の中に対照的に使われる黒い鉄骨。
むき出しの荒々しさ、全てが大きな木造建築の船の中にある。
古い巨大木造舟のイメージが動線とともに導き出されていく。
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内藤さんのそのときの気持ちが伝わってくる。
こちらまで熱くなってくる。充実した幸せな人生の時を過ごしたのだろう。

ここまで来ると伊勢志摩もリゾートになる。
これより名古屋側はとてもじゃないが・・。

鳥羽の駅前はわんさかホテルがあるけどただの地方旅館。
まるでリゾート感なし。千葉県みたいに観光地という意識が希薄。
ただお金だけ取れればいい、という施設の羅列。
水族館、島巡り遊覧船、海さえ見えれば的なホテル。
その一つが国際ホテルだったのだけど。
まさか駅から車で3分とは知らずに申し込んだ私がアホだった。

鳥羽国際ホテルは施設だけは立派。
部屋も良いし料理もちゃんとしたシェフがいる。
ただし部屋を出ても、下りていく砂浜も散歩する道も豊かな緑も見当たらない。
夜に来て朝早く帰るには良いのかも。
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沖にはイタリアの大型客船が泊まって物資の輸送を受けている。
何故か各部屋には望遠鏡完備?
これだけかな、鳥羽湾では印象に残ったのは。

初めての伊勢志摩。
賢島まで行ってみたかったけど警備が厳しそうで遠慮。
なんせ鳥羽駅の改札近くには私服の体育会系のお兄さんがずらり。
背はそれほどでもないけど、大胸筋が学生には作れないほど盛り上がり、上腕三頭筋が畝を作る。
最初は大学施設でもあるんかと思ってたら、あとで聞いたら皆機動隊員でした。
体力維持の為、歩道には走る走るお兄さんたち。
交差点には東京から来た警視庁の車が一般車を圧している。

GWでこれだから月末には機動隊村になるんだべか。
時節柄いろんな局面が見えて楽しい旅でした。
新幹線は山手線みたいに頻繁に出てる。混んでないし早い。
東京から伊豆に行くよりもずっと早いなんてショックです。

壊れるものたち

家中の物が集中的に壊れていく。
どうなってるんだろう、台所で音がする、私の湯呑みが割れる音、20年間無事だったのに。
足踏み式のゴミ箱のペダルを踏抜いてしまう。これまた20年物。
ガスの五徳が割れる、洗面所の蛍光灯カバーが割れて砕ける、
私のプリンターが厭な音を立てて紙を巻き込んだきり動かない、直そうとしたらレバーが折れた。
1年も経たずに革靴の底が裂ける、安物じゃないはず、
シャツもズボンも一気に数が減る、
終いには私自身が眼精疲労でフラフラになる。
代えられるものと代わりが無いもの、お構い無しに周囲の時間だけ早まっていく。

友人が入院する、胃が痛む、入院している超高層の病室から見るスカイツリーと東京タワー。
2つの輝きは希望にも見えるし、ただのネオンサインと同じに見えるかもしれない。

壊れ続けるものたち、私は平気だ。
どれだけ自分がまだタフであるか、神様の前で証明してるみたいだ。
何時でも試されている、何回立ち上がれるかってね、
今は自分が強い時期だ、嵐や風でも何ともない、
でもそのぶん内側から崩れると脆い。

何らかのバランスで成り立つ人生、
かつての顧客だった一代で財をなした老婦人の身内の人生は幸福ではなかった。
その人の居間に入ると甥や姪たちの幼い命を偲ぶ仏壇が黒光りする顔をずらりと見せている。
いつでも運命や業のせいにして自分を省みなかったのだろうか?

外的に成功した人の内部は壊れていく。そんな話も聞く。
年老いて最期の場所にどれだけ人が集まってくれるかで決るのだろうか?
そんな単純じゃないね。

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今年の上野公園両大師殿、御車返しの桜、毎年癒してもらってます。

上野公園は花見には寒かった

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どうじゃ、花見の季節はスタバの店の前にさらに移動式のスタバが
お出まし。これじゃ屋台の出店と同じだ。