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3.11で失ったもの

先週の3連休、さてどこか近場へ行くかいな、と腰を上げかけた。
いつもの20km圏内、近場の自然公園、水辺か森林公園。

ネットで何気なく事前チェック、のつもりが、あれれ大変じゃ。
行くところが無いよ!

柏の葉公園は0.6~1.0マイクロシーベルト。除染手付かず。

21世紀が丘公園、0.5マイクロシーベルト、芝生刈り上げ除染中、来年春まで丸裸?

稲毛の浜海浜公園、液状化で舗道公園共に壊滅的、ようやく修理が終わり一部復旧したものの庭園は大半が閉鎖中、大好きだったレストランも営業形態が変更、安いイタリアンになってしもうた。

葛飾区水元公園、冗談のような空間線量、都内ほぼ最大値0.7マイクロシーベルト。ベンチの上なぞもっと高くて座れません。
あそこのレストランのえび天重は大きくておいしそうだったのに・・。

もう行けない、除染なしではもう2度と行けない。
上記4公園は我々の定番だったのに。何haもあると大変だね。
もう2度ときれいにはならないのかも。

こんなところで放射能汚染が出てくる。
リフレッシュする場を奪われてしまう。

検討、20km圏内はあきらめて捜す。もう少し遠くでは九十九里浜、三浦海岸があるけど、ちと遠い、
ネットで新しく出来た都立公園、舎人公園が見つかる。
割と近い、舎人線のモノレールも面白そう。

で出かける事に・・。
ファイル 164-1.jpg
がっかりじゃ。
計画がおおざっぱで繊細さがない、メンテナンスがしっかりしていない。

人が多い上に犬の散歩マナー悪すぎ。
1時間チョットで引き上げる事に。
それでも少しだけ少しだけ緑の非日常を味わう。
ビルとモノレールが向こうに見える丘の風景が映画みたいで良かった。
ファイル 164-2.jpg
お気に入りは簡単には見つからないね。

大震災9

フクシマで胃痛が止まらない。

先週1週間胃の痛みが止まらなかった。
確か深夜のフクシマ原発のライブカメラを見てから。
もうもうと噴きあがる白煙、何じゃこれ。

マスコミの発表は皆無。心配は募り、ついにダウン寸前。
仕方なく周囲に押されて近所のJ医科大学へ胃の診察を頼む。
胃カメラも12年ぶりに飲み、結果何事もなし。
線上の表層胃炎の痕跡のみ。

これですっかりうれしくなった単純猫の私。

今朝方フクシマの汚染水の夢を見た。
地表に並ぶ深いプールがふたつ。

一方は高濃度汚染水、他方は皆が飲む水道飲料水、
どちらも透明で区別が付かない。
2つの距離はわずか1m、水面はどちらも地表ぎりぎり。
あと一雨で2つは混ざり合う、と思ってみてたら
猛烈な胃痛で目が醒める。

治ってたわけじゃないんだ・・。

一人夜が空け始めた部屋でPCを開き、ネットで明るい話題を探す。
ニュースは見ていられない。

YUTUBEで昔のアニメを見て気を紛らわす。
何とか落ち着いたので寝室へ行き再度眠ろうとする。

きっとコンナ生活してる人は私だけではない。
フクシマの不安は今や巨大な黒雲となって人々の上を覆っているのだろう。

のんびり菅は知らんぷりのようにも見える。
こいつにだけは即時撤退を求めたい。

痛みを知らぬものは、主導者でもなく人間ですらない。

大震災8

放射能は今日も降り続いている。
寿命を確実に縮めてくれるよ。

国が発表している全国の放射能測定値は今では全く役に立たない値であることが分かってきた。
関東でも部分的に放射能値が高いHOTSPOTが指摘されている。
//takedanet.com/2011/05/post_5c55.html

千葉県柏市、流山市、松戸市、三郷市、葛飾区金町、亀有付近だ。全部常磐線沿線だ。

そう私が住んでいる場所じゃ。
毎晩、毎週末を過ごす慰安の場所が・・。

千葉県市原市の地上7mの測定値とは地表の値で約10倍も異なる。
早い時期から柏市の東大が測定し公表を続けてきた。

これが週刊誌やTVで話題になった10日前から市民の対応が変わった。

マンションの駐車場や空き地で遊んでいた子供の姿が消えた。
金と時間の余裕のある親たちは子供を早朝から車に詰め込み、チャイルドランできる場所を目指し、
そうでない子供たちはマンションの屋根のある廊下や階段を走り回って遊ぶようになった。

そう地表には出ないのだ。
土や草がたっぷりある場所には近づかないのだ。

福島の人たちには申し訳ないが、関東ですらこうなのだ。

毎日が非常事態、
その認識があの眠そうな目の首相にはあるのだろうか。
さっさと交代して欲しい。害悪そのものでしかない。

大震災7

仮住まいの輪が広がっている。
有名なのはなんといっても赤坂プリンスだ。
丹下健三が最も好きだったと言われる建築だ。

若かった私も大好きな建築の一つだ。
見ていて何よりも力をもらえる。

その最後のご奉公じゃね。

今は安心してプライバシーが守られる住まいだ。
段ボールで区画して、体育館の避難者のプライバシーを守ろうという動きもある。
当初は有効だが、いつまでもそれに頼るわけにはいかない。

本格的な住まいが必要だ。それも出来るだけ長期の。
以下が建築家が協力するサイトです。

http://www.karizumai.jp/

一部屋でもいいみたい。
我が家も実家が余っているかな・・・?

大震災6

夢を見る。

一昨日の夢は、福島に向かおうとしてメンバーを集め、物資を積み、ようやく出発かと思われたときにガソリンが足りない。片道分だけだ。帰れない、それでも行くかと腹をくくろうとしていた時に目が醒めた。余りの胃痛のために。

明け方近くの4時に起きて胃薬を飲む。しばらくは痛みで眠れなかった。

昨日の夢では、誰かがもう終わった、最悪の危機は終わったのだと皆に告げていた。

そう、何時までもいつまでも、心配ばかりしていられない。
いつかどこかで区切りをつけて前に踏み出さねばならない。
その時が来ている。

原発は何時果てるともしれぬ戦争のようなものだ。
戦後の日本人が体験する、最悪のシナリオだ。

毎日空一面に黒い原発という雲が重く垂れ込めているようにも見える。
それでも、心まで黒く染めていてはいけない。

私は踏み出す。
日経新聞で安藤忠夫が大変良い事を書いていた。
それを読んで初めて彼を尊敬した。

産業を止めてはならない。電気もケチりすぎては本も子も無くなる。
強い産業経済に支えられて復興がなされるのだから。

個人的には3月後半になって売り上げは激減した。
全く新たな方策すら求められそうだ。

これを書いていられるのは暇だからだ(=^・^=)
同じことをしていても良い日々よさようなら。

新しい日本よこんにちは。

大震災5

そろそろ東京23区も計画停電に組み込まれる。
もう少し暖かくなってからだろうけど。

仕事中に停電は堪らない。
バッテリー駆動のPCとインターネットが必要だ。
ネットで調べていつもの日本HPの製品を選ぶ。少し古めのモデル。XPじゃなけりゃいやなのだ。
頭の中もXP?だから。

電源不要のネットはWIMAXかな?これまたいつものniftyから検討中。

面倒くさいけれど、今やっておかねば後で苦労する。

ノートPCは人のを選んであげて、しばらく私が使わせてもらった時期が昔あったけれど、モバイルインターネットの通信速度が遅すぎて閉口したのを覚えている。

今はずっと早いらしいけれど下りで40Mはどうなんじゃろね。

今日も原発関連で放射能汚染水が建屋外部にたっぷりと深さ15mも溜まっているという恐ろしいニュースが流れている。
こうなると想像の範囲を超えている。

外部からの注水が壊れた箇所から漏れてたのだろうか。

推測しようとする自分をあえて止める。
毎日が原発の重石の中で皆あえでいる。
呼吸する事自体が苦しくなっている。

いかんぜよ。もっと楽しい事に集中したい。
サクラ、さくら、舞いあがれ。

大震災4

あっと言う間に来てしまった。
放射性ヨウ素による水道水の汚染が。今は乳幼児が飲めないレベルだが
大人が摂取できなくなるレベルがすぐそこだ。
ここまで来るのかい。という気持ち。

今頃ペットボトルのミネラル水を求めても手遅れ。既に店舗では販売規制に入った。
ネット社会ではあっという間に情報が伝わる。恐ろしいほどだ。

これからは水だけではなくあらゆる飲料が売り切れるのだろう。千葉の自宅の水道も汚染されてるのだろうな。

今朝も数回大きな余震があった。夜は3時間も停電だ。

気分重い、重すぎる。仕事になりゃしない。でもやるのだ。
いつの日かこれが笑い話で話せる日が来るように祈りながら。

大震災3

もういい加減うんざりしてきた。
テレビやラヂオ、ネットから流れる「頑張ろう」の掛け声。
傷つき足の骨が折れた人に向かって、さあ立ち上がれ、歩くんだと叫び続けるようなものだ。
その人に必要なものは充分な休息と安心、治癒の為の滋養。
掛け声は傷が治ってから本人の沸き起こる意志を待てばよい。

少しは控えんかい。大声を出してばかりでは聞いてる方も疲れるばかり。
もっと静かでも確かな大人の対応があってしかるべきだ。
関東では梅が咲き始めている。
その花を見ると心の奥に確かな温もりを感じる。
声には出さなくても自然の復活の法則がそこにはある。

大震災2

頑張れ東京消防庁のハイパーレスキュー隊。
原子炉を冷やすのだ。

希望の光。
今日もあまり眠れずに朝を迎える。
椅子に座ると、自分の体が勝手に揺れを感じ始める。
震える空気の中でラヂオから流れてくる
この歌に思わず聞き入る。

「山下達郎 希望という名の光」
http://www.youtube.com/watch?v=DmUGMHCjukc

大震災

ファイル 146-1.jpg

3月11日、父の命日からぴったり1ヵ月後にそれは起こった。
あまりに苛烈を極め、詳細を書くことも出来ない。

今一番心配なのは原発による2次災害だ。
放射能汚染を恐れて東京を離れる人たちを駅で見かける。
逃げるのは自由だ。
でも何とかなるはず、という希望を捨ててはならない。決して。
もうダメだからと皆が諦めたら、その通りになる。
諦めなければ、最悪でも最小の被害で済む。

この事は経験上いやというほど知っている。

必ず何とかなる、そうしなければならない。
昨日は奥さんと二人で近所の両大師に行き、原発の真上に滝が出現し、轟々と水を注ぐイメージを固定し続けた。

イメージは現実ではないけれど、現実への手前だ。
これらなくしては何も達成できない。

水よ降れ、原発を冷やすのだ。どんなことがあっても諦めてはならない。
皆で祈ろう。何時かそれは現実化するのだから。

画像は「天然水太郎の天然日記」から戴きました。すいません。

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