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GW10連休 下田へ

GWもまだ5日も残っている。
4月に入ってから予定通りに暇になった。
生涯消えないのではと思えた疲労感が少しずつ嘘のように消えて行った。
眼科で貰った2種類の点眼液をいくら垂らしても止まらなくなってしまった瞼の痙攣も波が引くように収まってきた。
5月の光に包まれている。幸福感に包まれて眠っている。
こんなこともう経験できないと思っていた。疲れ果てた心と体のまま一生を終えるのだと覚悟していた。

でも癒しの時はやって来た。
GW初日は久々の伊豆下田へ行く。
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ホテルは下田プリンス。10年以上前に近くの伊豆急に泊まった時に散歩中に偶然見つけたホテル。
何て古臭い、洗練されていないホテルだろうとそのとき思った。
それでも波に向かってぐいぐい押し寄せる躍動感と気迫を感じた。
中に入ると天井も低く押しつぶされそうな圧迫感がありここには泊まらないな、当時はそう思った。

気になって調べると黒川紀章の設計だった。

今回下田近辺の宿を調べていて、まだ空いていて泊まれそうなところの候補に挙がって来た。

昨年全室リニューアルしたらしい。ならば何とか見られるものになっただろうと予約する。
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部屋は最上階の良い部屋のはずだった。
リニューアルしきれてない。
部屋は33㎡と広いのに予算が無かったのか?
はたまたセンスが無いのか。
天井が今時リシン吹き付けのままかい。
ここ30年は見たことが無い。
風雨にさらされた汚れた屋外にいる気分にさせられる。

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白浜は期待よりも少し汚れた程度。
パウダー状に舞い上がり目をちくちくさせる。
2日間とももの凄い好天に恵まれ、昨年の結婚25周年で廻ったほぼ全てで曇天と雨に祟られた日々を忘れさせてくれた。

もういいんだ。休んでもいいんだ。建築と仕事の神様がくれたギフト。
頭の中にワイルドワンズの白い渚を響かせ、目で波と戯れた。
遠い記憶と今までの自分の仕事の日々が打ち寄せる波と共に襲ってくる。
全てを受け止め反芻する。隣で奥様が笑う。いつでもずっと一緒だったと。
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黒川記章のコメントがホテルの廊下に貼ってあった。
パチリ写す。以下がそれ。
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私はかつて白浜によく来たものだ。
白浜神社に宿をとり、大いに英気を養い、明日の構想を養ったところでもあった。
どこまでも透きとおった海、波に浸蝕された岩々、 真っ白な砂浜、それに自生した様々な植物。
白浜の自然は今も昔と少しもかわらなく美しく感動的だ。大きく広い砂浜がどこまでも続き、白浜神社が穏れる程、生い繁った森を過ぎると、すぐなだらかな斜面のつづく小高い丘にでる。そこから海の方へ目をやれば大島をはじめとする伊豆七島が浮かび波が白く砕けるあたりには黒々とした岩肌が海へ向って斜めにつきささっている。 この地区は国立公園特別地域に指定されており、 その自然の美しさは、この附近に類を見ない程、 雄大かつ繊細である。
この地方独特の砂左に繁る這柏慎を踏みしめながら、なだらかなスロープを散策するうちに、建築はすばらしい位置を得た。 ヒントになったのは2つのほどよく南北に離れて 横たわる小高い丘である。ホテルの客室棟を2つ に折り曲げ、2つの丘がつくっていた等高線沿いに南北に配置した。海抜18m。丘の高さは31m及び36m。 自然の条件を最大限に保護したかったからである 国道側から見れば2つの丘は昔のままの姿を残すだろう。建築はこれらの丘にそっと肩をなでられるように静かに海へ向って折れてゆく。 これらのあいだに3つの石臼形のパブリックスペ ースを低くおさえて配置した時、建築は自然の中で生き生きと調和するはずだ。
ここで採用した壁式ラーメン構造によって全ての客室は柱がなくなり、広さもゆったりとれ、海への開口を大きく確保することができた。又、雁行し独立したバルコニー、25cmある分厚い壁、各部屋毎に設けられたパイプシャフト等によって、客室のプライバンーが確実に保たれる。 海をいっぱいにとりこんだ広いレストラン、落付いたラウンジ、いきなバー、海を見おろすセミナ ールーム等、南伊豆特有な自然の中に風格ある本格的リゾートホテルとなるだろう。
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この若々しい黒川さんの顔!自信と意欲と未来への期待に溢れている。
若い頃の私は彼らのこうした建築へのコメント解説を宝物のようにして守り咀嚼し栄養にして育った。

水戸の梅

今年の楽しみのひとつが消えた。仕方なかー、倍率が高すぎる、平日だから皆腰が引けるかと思ってたら、省吾ファンはそんなに柔ではない、当たりもしないチケットのために3か月前から有休を取ってスタンばる。
その熱意の川が見えるようだ。
かくして私は流れ去った。1回の落選でも1年以上待つのだ。次回は一体何時なのだろう?
浮いた予算で二人で旅行に行こう。ココロイヤス旅へ。

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先先週は疲れた体に鞭打って水戸まで行った。丁度梅が見頃、偕楽園は人だかり梅だかり。


でも奥様の狙いはそこではない、県立美術館の東山魁偉だ。
唐招提寺の障壁画を見ることだった。
東山かいい?白いお馬のメルヘンチックな日本画家だよなー、気乗りうすだった私は薄暗い館内に入って目がなれてきたところで驚いた。
目の前に波が押し寄せ風が渦巻き潮の匂いまで満ちてきそうな空気感があふれている。
なんじゃこりゃ
ターナーだ。山入端から水蒸気が立ち上ぼり流れ包みまた押し寄せる、これほんとの景色のエッセンスを凝縮した流れる絵だ。
茫然と絵の前にたち体が揺れ吸い込まれそうになるのを支える。
すごい、これを見に来たんだ、恐るべし魁偉。
私は無知だった。
この人の描いた売れるための絵だけ今までは見てた。
東郷青児の日本画版と思ってました。


水戸は近い、特急で1時間もかからずに着いてしまう、行きは良いが帰りが大変、偕楽園からの帰りのバスがとんでも混雑、本数も少なく電車で来た人の事はまるで頭にない、といった塩梅。
タクシーは大渋滞で呼んでも来てくれない。
2どめだけど二度と来るものかと思う。

水戸に少しだけこだわりがある、親父が若い頃ここの航空通信隊にいたようでこの変わり果てた町は親父の青春の舞台だったようだ。
定年後に一人でときどき来ていたみたい。
そんなにいいと思う場所なら母を連れてくるべきだったんじゃ、と思ってしまう。
想い出は分かち合うと色濃さを増す場合もあるから。
後ろめたい気分なんて時を経た春の風が吹き飛ばしてくれるから。

ここに来るまでのいきさつは親父が亡くなるちょっと前にうわ言のように聞いた。
お祖父さんとの長い長い確執の果ての場所らしい。海軍の大佐だったお祖父さんと陸軍の大尉だった親父とは死ぬまでいがみ合い理解し会おうとはしなかった。
なんせ死ぬ直前までこだわっていたからなー、

人の歴史は長く曲がりくねっている、その道を辿りたいとは思わないけど。

春よ来い

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今年に入ってから毎週末、膨大な芦別物語を編集している。
若気の至りで作成したHPビルダーのどこでも配置モードを標準モードに変換しているのだ。
勿論自動変換モードなぞ存在せず、1枚、1ページ、1つの記事文章ごとにばらばらにし、再度組み立てるという気の遠くなる作業だ。
毎回100ページずつ変換していく。ぶっ通しで4時間前後でいければいい方。
これをやっておくと例えばスマホページへの変換もスムーズにいく。
今更やる気は無いけれど。画像が小さくなりすぎて緻密さが欠けるから。
数年おきにこうした大転換が必要となる。ホームページの管理とはそういうこと、と知ってはいても・・・。

もう北海道の炭坑関連のHPは軒並み更新を止めている。
一人走り続ける私は何だろう。と思うこともある。
走り続ける事は生きる事と同じ、止まったらそれで終わりという脅迫観念がある。
まそれも生き方の一つなのでしょう。
冬よ去れ、春よ早く。
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今週は130ページ変換した、5時間もかかった、途中でスーパーへ買いだしに行く戻って遅い昼御飯食べてまた再開。
鉱夫であり詩人のページに見いられる。

故郷芦別の詩

現実の色が薄れ、日々の消え去る速度に戸惑う頃、
浅いまどろみのなかで魂が北へと旅たつ夢を見る
深い渓谷の轟きから離れ草原を蛍のように照らす。
僅かな灯火のなか探すのは消えた古い思い出の家。
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青春の村野藤吾

遥かなる昔、まだ我々が青春と呼んだ時代があった。
大学の同級生と箱根芦ノ湖に行った。
そこには目指すべき建築、村野藤吾のホテルが湖畔に佇んでいた。

恐る恐る近寄る、プリンス系でも一際グレードが高い。
とても貧乏学生にはホールに入ってお茶を飲むなんて出来ない。

湖の波打ち際で戯れるのが関の山だった。
その小さな小波を見ながら一つ誓った。
建築家になったらここに戻ってくる、必ず。
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あれから40年という時を経て
遠い記憶が甦り今年の秋に箱根に行った。
ザプリンス箱根芦ノ湖という名称になっていた。

何度もリニューアル繰り返した部屋。
完全な扇形、というか円形。
狭いバスルームの壁さえも扇形に合わせた多角形。
部屋は当時のプリンスの規格の2倍、38平方メートル
勿論扇形で全部同じ作り。

リゾートの部屋からの景色優先なぞという世俗的発想には陥らない村野先生。
おかげで半分以上の部屋が山側、庭側、エントランス側になってしもうた。
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おまけに国定公園による制限か、3階で押えられているものだから僅かな景色の良い部屋を巡って争奪戦となる。

ホテルでは満室と断られ、やっとこさJTBでレイクビューなる部屋を押える。

これが行って見たら限界レイクビュー部屋。
あと一部屋でアウト、みたいな部屋だけど、
棟の周りにやたらと背の高い杉の木がにょきにょき生えているお蔭でさほど、劣等感を感じずに済んだ。

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ホテルの外観もそうだけど内部も村野一色で固められて、
ここまでやったら絶対業者に嫌われるという限界デザインの数々。
昔の巨匠はこうだったんだ、と大雑把な丹下さん作品ばかり見てきた私はつぶやく。

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ナウマン像の足のようなバルコニー隔壁。

レストランとエントランスホールはこれでもかと職人を苛め抜いたあとがくっきり。
ツツミさんが背後にいなかったら無理だねこりゃ。

浜田省吾

浜田省吾のツアー初当選する。
横浜アリーナと長野ビッグハット、2日ずつ合計4件に応募し、長野1日のみ当たり!

昨晩WEBで探した宿は長野駅前も軽井沢まで全て満室、
9月18日は丁度3連休の真ん中、早い人はきっと当選が決る前に宿の予約取ってるのだろうね。
こちとらその辺は素人。

翌日仕切り直し、
ようやく10日前にオープンしたばかりのホテルのツインを予約。
新しすぎて旅行会社の宿泊システムがついて行かなかったのかも・・。
直接電話作戦で3本目でゲット。何だか拍子抜け。

昨年のホールコンサートは人数も少なくファンクラブでも当選しなかったみたい。
沖縄から宮崎まで片端から応募したけど全部外れた。
今年は大きめのアリーナコンサート、動員人数が数倍!何とか25%の確立で当たった。
当選してから知ったけどキャンセル無効って書いてあったよ。

いいな~人生の予約って、子供の頃みたいだ。仕事の予定ばっかりで楽しみの予定は殆ど無いから。
翌日も休日だから軽井沢で遊んでこよう。

ずっと人生の応援歌だった浜田省吾、初めて行きます。
昨日から頭の中ではハマショーの歌が鳴りっ放し!

伊勢志摩へ

サミット直前の伊勢志摩に行く。
GWは何処へも行かず近場でという選択が多かった昨今。
今年は11連休とった。無理やり。だからどこかに行かないと勿体無い。
奥様が候補を挙げた、伊勢志摩!
今の内に行っておかないとサミット後は高くなるという珍妙なご意見。
ま、それもよし。
人気のあるホテルを上から調べて電話していく。
何故か一部屋も空いていないホテルがある。聞いてみたらサミット関係者で貸切状態。
迷った末に、タラサ志摩と鳥羽国際ホテルをチョイス。

タラサ志摩はバブル終了期に西洋環境開発と西武で開発途中だったバブルホテル。1992年の雑誌「新建築」にも載っていた。
流麗なフォルム、波や貝殻をモチーフにしたような建物だ。

一気にあの頃の記憶が甦る。行かねば。タラサへ。
旅行サイトのレビューを見るとひどい事が一杯書いてある。
浴室はカビだらけ、廊下の絨毯ははげてる。
部屋には虫がいて入れない。スタッフが少ない等等。
当初はタラサに連泊の予定だったけど取りやめて一泊だけにした。
行ってびっくり、実際は5年前にリニューアルした清潔感あふれる美しい部屋。
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窓の先は一杯の海。途中で投げ出されたといえ、バブルリゾートそのものでした。
プライベートビーチにも見える眼前の砂浜。
予算が足りないのか、中国から運ぶはずの砂は足りず、砂浜は茶色くなってる。
海を見てじっくり自分の人生を振り返る、なんてとこまでは行かない。
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近くには海の博物館、内藤さんが設計して学会賞をとった建物。
駅からだと恐ろしく不便な場所にある。
ホテルからだと歩いても20分程度。
たぶん、西武によるバブルリゾートの一環として作られたのだろう。
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大規模木造建築物の先駆者的な建物。
木組みが表情豊かでインテリア含めてデザインされてる。
海へと下りていく荒々しい扉の仕上げ、簡素で当時流行の手摺、
木材の中に対照的に使われる黒い鉄骨。
むき出しの荒々しさ、全てが大きな木造建築の船の中にある。
古い巨大木造舟のイメージが動線とともに導き出されていく。
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内藤さんのそのときの気持ちが伝わってくる。
こちらまで熱くなってくる。充実した幸せな人生の時を過ごしたのだろう。

ここまで来ると伊勢志摩もリゾートになる。
これより名古屋側はとてもじゃないが・・。

鳥羽の駅前はわんさかホテルがあるけどただの地方旅館。
まるでリゾート感なし。千葉県みたいに観光地という意識が希薄。
ただお金だけ取れればいい、という施設の羅列。
水族館、島巡り遊覧船、海さえ見えれば的なホテル。
その一つが国際ホテルだったのだけど。
まさか駅から車で3分とは知らずに申し込んだ私がアホだった。

鳥羽国際ホテルは施設だけは立派。
部屋も良いし料理もちゃんとしたシェフがいる。
ただし部屋を出ても、下りていく砂浜も散歩する道も豊かな緑も見当たらない。
夜に来て朝早く帰るには良いのかも。
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沖にはイタリアの大型客船が泊まって物資の輸送を受けている。
何故か各部屋には望遠鏡完備?
これだけかな、鳥羽湾では印象に残ったのは。

初めての伊勢志摩。
賢島まで行ってみたかったけど警備が厳しそうで遠慮。
なんせ鳥羽駅の改札近くには私服の体育会系のお兄さんがずらり。
背はそれほどでもないけど、大胸筋が学生には作れないほど盛り上がり、上腕三頭筋が畝を作る。
最初は大学施設でもあるんかと思ってたら、あとで聞いたら皆機動隊員でした。
体力維持の為、歩道には走る走るお兄さんたち。
交差点には東京から来た警視庁の車が一般車を圧している。

GWでこれだから月末には機動隊村になるんだべか。
時節柄いろんな局面が見えて楽しい旅でした。
新幹線は山手線みたいに頻繁に出てる。混んでないし早い。
東京から伊豆に行くよりもずっと早いなんてショックです。

裏磐梯は遠かったか?

もう行く事はないと思っていた。福島県の裏磐梯。
あの3.11以降、フクシマは近寄りがたい場所になっていた。

何度も行った懐かしい高原ホテルのHPを見たらすっかりリニューアルして、あのうらぶれた少数の洋室が全面改装、大半を占めていた和室が消えていた。
そうでもしなければ客は戻らないと踏んだのだろう。

おおこれはいいかも、奥様がこれなら行くと言い出した。
今年は上高地の予定だったけど義母が亡くなってから当分旅行は行かないと言ってたので、これを逃すと当分行けなくなる。
決心して出かける。放射線量も大したことはないみたいだし。

例によって慌しくスケジュール組み、必死にそれに合わせて仕事をこなしていく。
旅行直前の仕事は断ってしまった。
絶対断らない、を大原則にしてきたけど夏休みですと言うと相手も納得してくれた。

当日前後は雨マークがボウフラのようにWEB画面上に漂う。
大丈夫、私が行くところ雨は降らない、強気の発言に自らを押し出し突っ込むと、現地入りしてから雨はぴったり止んだ。

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外壁の板張りも深めの色に塗りなおし、しっくりと古さを漂わせつつ内部は輝く。
ロビーを抜けるといつもの旅人を安心と懐かしさで包んでくれる弥六沼が迎える。
プライベートレイクだ、その向うに禿山の裏磐梯山が正面を向いて聳える。
以前よりも茶色い肌がむき出しになり悲壮感さえ漂う。
この無残な山景色をパンフでは美しいなぞと称えている。ありえん。
水面に映るそのえぐれた影が揺らぐ様は確かに人の心を動かす。
そうここは裏磐梯高原なのだ、というしっかりした印象を焼き付けていく。
ホテルはおしゃれになった分、気楽ないつでもランチは消え、大好きだった喜多方ラーメンももうここでは食べられない。

それでもこの場所は特別なのだ。二人にとっては唯一無比、かけがえの無い場所。
また来られて良かった。宿泊費は1.5倍にもなったけど、上高地よりは安い。ふ~~。

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もう五色沼をてろてろと歩く事もない。
2つの湖と沼でひたすらボートを漕ぐ。

意外と漕いでいる人が少ない。
かつては水が透き通り、底から水面まで立ち上る水草が不気味だった毘沙門沼も人影は少なく、
水草影?もなく、ただぼおっと水面を見やる人ばかり。
どちらが植物だか分からん。

途中でそれまでのボート漕ぎが祟り、股関節が痛くなり漕ぎ続けるのが難儀になる。
どこかに埋もれているかもしれない幻のセイタカ水草を求めて漕ぎ続ける。
水面に浮かんでいる枯れ果てた茶色い細い茎ばかり。
こりゃ上高地の大正池と一緒だ、温暖化で消えたか、風化したか、見守る私が劣化してるのか?

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高原ホテルの部屋はラグジュアリー何とか。磐梯山正面の良い部屋だった。
ベッドはダブルのように巨大で、両手がヘリをつかめない。
洗面所は部屋と一体。これはアウトだね。
でも以前の薄汚れた低い天井の3点セットしかない暗い部屋からすると雲泥の差、としか言えない。
行く度にホテルのご意見書に注文をつけた。駄目だ、この部屋じゃ。
でも洋室は数部屋しかなくいつでも薄汚く、広いだけが取り得。

それでも何度も行ったのはロケーションが替え難かったから。
それが遂にリニューアルやってくれた。

2泊目はグランデコ。東急系の面白系意匠のホテル。
こちらも部屋名が偶然ラグジュアリー何とか。昨年リニューアルした部屋らしい。
広くてそつが無くて安心できるホテル。2度目。
こちらの部屋から見える裏磐梯山は高原ホテルとはかなり趣が異なる。
えぐれた山頂がかなり重なって見える。

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以前寒すぎて買ったホテルのロゴ入りのトレーナーがまた欲しくて来たけれど、
売店にはもうオリジナルグッズは無かった。
古きよき時代の思い出。それを懐かしむ古い私の心。
戻らないものは多いのに、新しいものは受け入れ難い。

そんな気持ちを抱いてそれでも何処かへと向かう。
ここ数年で一番長い夏休み。5日間。
標高1200mのデコ高原は涼しいけれど、寒いといった方がぴったり。
ケーブルカーで登る景色もどこか何時も一緒で、馴れすぎた遊園地の遊具みたいだ。
眼下に見える移りゆく景色も、遠くの山々も、向かってる湿地帯の高原も
皆どこか遠い想い出みたいに見える事がある。

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記憶が多くなりすぎて脳が勝手に景色を合成し、現実を実は見ていないのだと思う。
子供の頃に戻りたい。先入観無く真っ白な心で、全てを強烈に焼き付けていったあの頃に。

さよなら今年の夏。もう会えないね。

GWは何処に行く 城ヶ島へ

人並みにGWに観光地に行くようになった。
数年前までは暇だったのでGWは仕事して、ちょっと外れた頃に小旅行してた。
今じゃこの時期は余った時間なし、自由になる金なしで近場限定だ。それも日帰り。

2年前は横須賀、観音崎だったし
去年は日立海浜公園と西立川の昭和記念公園だし、
今年は海がいいというので城ヶ島!じゃ。

関東から近場の海と言えば三浦半島辺りまで
伊豆半島だと小旅行になる。
千葉なら九十九里か犬吠崎あたりまで。
行ける所はどこも行き飽きた。

城ヶ島なら結構穴場じゃろう、高台から海を見下ろすだけだから人も大して来ないだろうと勝手に予測。
行ってびっくりバス会社の人も驚くほどの混雑。GW移動族になったのでこれも甘受。

バス停から2km先の整備された公園の先端部分だけが人も少なくようやく自然が味わえるスポット。
ふ~むここまで一体何時間掛かったのだろうと思う。
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もっともそれは茨城の北の海に行った時も毎回感じた事だけど。

必要な事を必要なだけ満たして帰る。
壊れかけた忘れかけた生物としての生体リズムを調律する為に旅に出る。
余った分は喜びという溢れる感情で持ち帰ればいい。
ビデオに撮って家で繰り返し見ても、身体は自然に戻らない。
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直に見て感じて触れて総合的に取り入れなければならない。
仕事は脳と生活にとってはとても大事だけれど、
気がつけば頭だけ体から離れていってしまう。

光り輝く巨大な海を目の前にホタルの光のようなスマホをいじる子供たちは
自分が何を失っているのかさえ気付いていないのだろうか。

上高地

いつも悩む。今年の夏休みは何処へ行こうかと。
去年が車山イマイチ高原だったのでより本物の?高原を求めて旅立つことにした。
前に行ったのはもう19年も前のこと。
旅行の直前までWEB天気予報は雨模様。
最悪を覚悟してアマゾンの特急便でレインウェアを二人分購入。
行ってみたらホテルの人の予想通り、3日ともほぼ晴。

前回は古い和風旅館。今回は最良を求めて五千尺ホテル。
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見た目は会社の保養所。
手前がレストランなどの共用棟。奥が客室棟。
きっと創業時の山小屋風外観イメージを変えたくないのだろうと推測。
ホテルには見えない。部屋は広めのツインルーム。
インテリアの色彩は好み、水廻りは今時これはないだろうの3点セット。
とても気配りの良いホテルでした。ホテルマンの顔をはっきり覚えたのも初めての経験。
皆エンターテイメントしてるね。

こちらホテル目の前の河童橋。夜は星の降る橋になる。
小学生以来の銀河にめぐり合う。首が痛くなるのでホテル前のベンチに寝転び星を眺める。
ポツポツとボタンのように大きな星が空を覆う。
もう立てないぞ。
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河童橋から見た梓川。天気によってはエメラルドに見える清流。
やたらと人が多くて、何を見てるのかもう分からんし。
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上高地を北にハイキング。
標高1500mの山間の巨大な平原は何キロも平坦で歩きやすい。
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最後の日に見えた山頂にかかる雲の無い穂高連峰。
私にも絵葉書写真が写せます・・。
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奥様に引っ張られてひたすら歩き廻り、股関節が痛くなった。
それでも代え難いリフレッシュ。

この後、仕事の勢流に飲み込まれ数日で余韻が消えてしもうた。

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