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ザ・プリンス箱根、恨み節

12月24日クリスマスイブの日に、母と姉を連れて箱根に行く。
2度目のプリンス箱根。村野さんに会いに来たという感じ。

元々は今年の私の誕生会をどこでしようかと話していたとき、ふいに箱根に行きたくなった、ならば誕生日が殆ど同じ母を連れて、今までの母の旅行は全部お任せだった姉の慰労を含めて、行こう!と言う事に成った。

50日くらい前の早割り特典を使い、4人で富士山ビューと芦ノ湖ビューの一番良い部屋を隣り合って2部屋予約できた。
こんなこともう2度とないかもしれない。
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疲れた体はぴくりとも笑おうとしない。
何をモチベーションにしよう、私は喜んでいるのだろうか?
母の事は不安だらけだったけれど、喜ばせるのが好きな私は皆を連れてチンドン旅行に旅立った。

認知症を患う母の世話は大変に疲れる、本人は全く気づいていないのだが。
今まで姉一人におっかぶせていた事を痛感する。
初日のお昼ご飯は、近くの小田急山のホテル、最近リニューアルしたこの古いホテルは食事と景色は抜群だ。
部屋は狭いので一度も泊まった事がない。
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同じところに何度も行っていると過去を反芻している自分が見える。まるで牛みたいに想い出を咀嚼している。
年をとるってこういう事なんだ、じんわり沁みて来る。
新しい世界と風景に自分を投げ出すなんてこと、もう出来ない。
殻に引きこもり自分だけの小さな窓から外を眺めている。
そのくせ年だけは経ているので大事にされたくて偉そうにしている。

本当は始めて見る部分もあるのに、分類し振り分けることで安心している、お爺さんみたいだ。
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母と旅行するのは物心ついてからない。
母はすっかりふけた自分の子供との旅行が始めてである事にすら気づかない。
勿論最初で最後である事にも。

子供の頃どこへも連れて行ってもらえなかった、長い長い夏休みを恨めしく思っていた。
小学校の夏休み帳は私の旅の創作で埋め尽くされた。
大人になったら思い切り旅をしてやる、そう思ってたのかもしれない。
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我儘を振りまき、それでも喜ぶ老いた母の姿を見て、
奥様の父上との旅行を果たせずに終わった事が悔やまれる。
じっくりじっくり話をしてみたかった。
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芦ノ湖の風の中で、恐ろしく晴れ上がった青空の下で、思い出と悔恨がびゅーびゅーと吹き飛んでいく。
疲れた顔に無理やり笑顔を浮かべて時の流れが染み込んで行く体を思う。

ホテルマウントフジ

11月の3連休は富士山へと向かう。
奥様が11月3日は雨が降ったことがない、とのたまうのでその日に決めた。ヨーシ信じましょう。
2ヶ月も前に予約をいれる、富士山が窓から見える部屋はホテルマウントフジではごくわずかしかない。争奪戦なのだ。

キャンセルはできても変更すべき部屋はない。
かくしてハラハラしながらこの日を迎えた。結果は先週までの台風と雨に祟られた荒天とはうって変わった晴天、
どこまでも透き通る富士の空気に触れられた。
先週まで頭に僅かに残っていた白い雪は台風が根こそぎ吹き飛ばしてしまった、と地元の人に伺った。残念。

前回は8年前の2009年7月小雨舞う視界の悪い日だった。
暗い気分からようやく少しだけ前向きになれそう、という気分そのままの天気だった。

雨が止んだ隙を待って山中湖のサイクリングロードを二人で走った。
富士山が何処までもついて来てきてくれる、
まるで見守ってくれているのを確かめるように背後を振り返りながら、走っては休むを繰り返す。
夕陽にシルエットを浮かばせる富士山は物凄く巨大で視界を塞ぐように見えていた、それは二人の希望そのものに見えていた。

あれから月日が流れこの古びたリゾートホテルも我々には親しみ深く映り、
大きな部屋の時の流れも庭から見える透明な景色も全部丸ごと心に入ってきた。
時間に吸い込まれ、吸い込み呼吸するように景色と一体化する、マウント富士。
古い記憶を共有出来る数すくないホテル。

部屋は広い、69m2ある、過去3番目の広さだ。写真はリビングスペース。客室の価値はここで決る。右側が富士山、左側が山中湖、両方同時に見える。
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部屋から見た朝空けの富士山、少し赤くなってる。奥様が撮影、私は寝ていた。
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初日の夕方、ダイヤモンドフジタイムがあるそうで、知らずに1本前の遊覧船に乗ってしまう。逆光で目も開けられないけど写ってました。
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ホテルの庭から見た共用棟、この左に客室棟、とてもじゃないが写せません。右のきれいな棟は東急ハーベストの部分。
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2日目に行った、廃墟のような紅葉台レストハウスから見た富士山。
バスが遅れに遅れ、おまけに路線を間違えて西湖に行ってしまう。
ここの景色がすごく良かった。間違いは人生の選択肢を豊かにする。
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旅は魂の道連れ

49日も終わらない内に旅行に行く。
良いのだ義父自身がそうしてきてるから何ら問題なし。

毎年旅行先で奥様の誕生祝いをしてきた。
今年は喪失感で気乗りしない奥様に代わりドンドン企画を進める。
シーズン中は1か月前でないと予約は取れないからね。
義父の喜びそうな場所、もし生きていたら今年は一緒に行こうと誘ったであろう場所をチョイス。

決まったのは妙高高原の赤倉観光ホテル。
何でも雲海が見られる場所だそう。
でも現地に着いてからバスの運転手に聞いたら6、7月に数日だけ出現するそうな。
それでもいい、仕事に終われノルマに尻を叩かれ自分自身に鞭を打ち続けることに疲れたから。

人生は劇的に変わってくれない、天国が直ぐに訪れるわけでもない。
気が付くと柔らかい褥に包まれている、それを期待するだけ。

現地では2週間も雨が続きやっと晴れた、そんなとき我々は着いた。

建築的にはどうってことない、日本最古の観光ホテル、。
旧館だけ見るとレトロ感漂う感じ。
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こちら正面、スキー場の下から見上げてる。
右側に少し見えている部分が新館、個室露天風呂がここからも丸見え。

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こちら裏側から旧館を見る、玄関の大きな庇が見えている。
中央に飛び出しているのが〇〇、よう分からん、展望台のつもりか?
国立公園では高さの制限が厳しい、でも物見塔は除外される。
そこで設計者はとりあえず作ってみたのだろう。
これに似たのは富士山の見えるホテル・マウントフジにあった。

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部屋から見える景色はこんな感じ。
足元の水盤の下になだらかに続くスキー場の斜面、その向こうに見える連峰が墨絵のように浮き上がり変化し、雲と共に流れていく。
・・・待てよこの水盤の意味は本来足元を見えなくして水が宙に浮いた感じを演出する為のディテールのはず。

ま景色良ければ全てよし。
久々にテラスに座りっぱなし景色に見とれっぱなし、を楽しむ。

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ロープウェイの発着所から見上げたホテル。歩いて上り下りできるとばかり思っていたのだけれど、高さと距離が・・。
仕方なく毎回シャトルバスのお世話になる。

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部屋の中はこんな感じ、テラスから逆に中を見る。
新館は59㎡と通常の2倍。
おかげでベッドとリビングが別々になる。
ソファも家具もリッチ感たっぷりで良い。大きなソファで久々に自宅のようにくつろげる。
これで完璧かと思われた。
しかし構造的に致命的欠陥をかかえていた。

新館増築時に客室の上に大浴場を載せてしまった!のだ。
これでは天然温泉成分による設備的、構造的劣化がやがて押し寄せる。
だけでなく脱衣室の遮音が十分でなく、部屋によっては夜の12時まで上階の足音がひっきりなしに聞こえる。

2泊目の部屋は女風呂の浴槽の真下、こちらは静か。
防水処理により通常の2倍となったコンクリートが音を遮断してくれる。

この際コスパがどうこうとは言わない。
料理が・・・とも言わない。
リゾート本来の立地条件とは何かを本格的に教えてくれるホテルでした。
雲海はほぼ見えないけれど遠い山並みに掛かる水蒸気の雲が示唆してくれる。

食事ごとにテーブルの上に義父夫婦の写真をそっと立てかけておいた。
山歩きが好きで入院する直前まで高尾山に登っていた義父に二人で話しかける。

きっとこう言う。
あ~なんて気持ちがいいんだ。
これだよこれを見に来たんだ、と。合掌。

GW10連休 下田へ

GWもまだ5日も残っている。
4月に入ってから予定通りに暇になった。
生涯消えないのではと思えた疲労感が少しずつ嘘のように消えて行った。
眼科で貰った2種類の点眼液をいくら垂らしても止まらなくなってしまった瞼の痙攣も波が引くように収まってきた。
5月の光に包まれている。幸福感に包まれて眠っている。
こんなこともう経験できないと思っていた。疲れ果てた心と体のまま一生を終えるのだと覚悟していた。

でも癒しの時はやって来た。
GW初日は久々の伊豆下田へ行く。
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ホテルは下田プリンス。10年以上前に近くの伊豆急に泊まった時に散歩中に偶然見つけたホテル。
何て古臭い、洗練されていないホテルだろうとそのとき思った。
それでも波に向かってぐいぐい押し寄せる躍動感と気迫を感じた。
中に入ると天井も低く押しつぶされそうな圧迫感がありここには泊まらないな、当時はそう思った。

気になって調べると黒川紀章の設計だった。

今回下田近辺の宿を調べていて、まだ空いていて泊まれそうなところの候補に挙がって来た。

昨年全室リニューアルしたらしい。ならば何とか見られるものになっただろうと予約する。
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部屋は最上階の良い部屋のはずだった。
リニューアルしきれてない。
部屋は33㎡と広いのに予算が無かったのか?
はたまたセンスが無いのか。
天井が今時リシン吹き付けのままかい。
ここ30年は見たことが無い。
風雨にさらされた汚れた屋外にいる気分にさせられる。

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白浜は期待よりも少し汚れた程度。
パウダー状に舞い上がり目をちくちくさせる。
2日間とももの凄い好天に恵まれ、昨年の結婚25周年で廻ったほぼ全てで曇天と雨に祟られた日々を忘れさせてくれた。

もういいんだ。休んでもいいんだ。建築と仕事の神様がくれたギフト。
頭の中にワイルドワンズの白い渚を響かせ、目で波と戯れた。
遠い記憶と今までの自分の仕事の日々が打ち寄せる波と共に襲ってくる。
全てを受け止め反芻する。隣で奥様が笑う。いつでもずっと一緒だったと。
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黒川記章のコメントがホテルの廊下に貼ってあった。
パチリ写す。以下がそれ。
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私はかつて白浜によく来たものだ。
白浜神社に宿をとり、大いに英気を養い、明日の構想を養ったところでもあった。
どこまでも透きとおった海、波に浸蝕された岩々、 真っ白な砂浜、それに自生した様々な植物。
白浜の自然は今も昔と少しもかわらなく美しく感動的だ。大きく広い砂浜がどこまでも続き、白浜神社が穏れる程、生い繁った森を過ぎると、すぐなだらかな斜面のつづく小高い丘にでる。そこから海の方へ目をやれば大島をはじめとする伊豆七島が浮かび波が白く砕けるあたりには黒々とした岩肌が海へ向って斜めにつきささっている。 この地区は国立公園特別地域に指定されており、 その自然の美しさは、この附近に類を見ない程、 雄大かつ繊細である。
この地方独特の砂左に繁る這柏慎を踏みしめながら、なだらかなスロープを散策するうちに、建築はすばらしい位置を得た。 ヒントになったのは2つのほどよく南北に離れて 横たわる小高い丘である。ホテルの客室棟を2つ に折り曲げ、2つの丘がつくっていた等高線沿いに南北に配置した。海抜18m。丘の高さは31m及び36m。 自然の条件を最大限に保護したかったからである 国道側から見れば2つの丘は昔のままの姿を残すだろう。建築はこれらの丘にそっと肩をなでられるように静かに海へ向って折れてゆく。 これらのあいだに3つの石臼形のパブリックスペ ースを低くおさえて配置した時、建築は自然の中で生き生きと調和するはずだ。
ここで採用した壁式ラーメン構造によって全ての客室は柱がなくなり、広さもゆったりとれ、海への開口を大きく確保することができた。又、雁行し独立したバルコニー、25cmある分厚い壁、各部屋毎に設けられたパイプシャフト等によって、客室のプライバンーが確実に保たれる。 海をいっぱいにとりこんだ広いレストラン、落付いたラウンジ、いきなバー、海を見おろすセミナ ールーム等、南伊豆特有な自然の中に風格ある本格的リゾートホテルとなるだろう。
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この若々しい黒川さんの顔!自信と意欲と未来への期待に溢れている。
若い頃の私は彼らのこうした建築へのコメント解説を宝物のようにして守り咀嚼し栄養にして育った。

水戸の梅

今年の楽しみのひとつが消えた。仕方なかー、倍率が高すぎる、平日だから皆腰が引けるかと思ってたら、省吾ファンはそんなに柔ではない、当たりもしないチケットのために3か月前から有休を取ってスタンばる。
その熱意の川が見えるようだ。
かくして私は流れ去った。1回の落選でも1年以上待つのだ。次回は一体何時なのだろう?
浮いた予算で二人で旅行に行こう。ココロイヤス旅へ。

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先先週は疲れた体に鞭打って水戸まで行った。丁度梅が見頃、偕楽園は人だかり梅だかり。


でも奥様の狙いはそこではない、県立美術館の東山魁偉だ。
唐招提寺の障壁画を見ることだった。
東山かいい?白いお馬のメルヘンチックな日本画家だよなー、気乗りうすだった私は薄暗い館内に入って目がなれてきたところで驚いた。
目の前に波が押し寄せ風が渦巻き潮の匂いまで満ちてきそうな空気感があふれている。
なんじゃこりゃ
ターナーだ。山入端から水蒸気が立ち上ぼり流れ包みまた押し寄せる、これほんとの景色のエッセンスを凝縮した流れる絵だ。
茫然と絵の前にたち体が揺れ吸い込まれそうになるのを支える。
すごい、これを見に来たんだ、恐るべし魁偉。
私は無知だった。
この人の描いた売れるための絵だけ今までは見てた。
東郷青児の日本画版と思ってました。


水戸は近い、特急で1時間もかからずに着いてしまう、行きは良いが帰りが大変、偕楽園からの帰りのバスがとんでも混雑、本数も少なく電車で来た人の事はまるで頭にない、といった塩梅。
タクシーは大渋滞で呼んでも来てくれない。
2どめだけど二度と来るものかと思う。

水戸に少しだけこだわりがある、親父が若い頃ここの航空通信隊にいたようでこの変わり果てた町は親父の青春の舞台だったようだ。
定年後に一人でときどき来ていたみたい。
そんなにいいと思う場所なら母を連れてくるべきだったんじゃ、と思ってしまう。
想い出は分かち合うと色濃さを増す場合もあるから。
後ろめたい気分なんて時を経た春の風が吹き飛ばしてくれるから。

ここに来るまでのいきさつは親父が亡くなるちょっと前にうわ言のように聞いた。
お祖父さんとの長い長い確執の果ての場所らしい。海軍の大佐だったお祖父さんと陸軍の大尉だった親父とは死ぬまでいがみ合い理解し会おうとはしなかった。
なんせ死ぬ直前までこだわっていたからなー、

人の歴史は長く曲がりくねっている、その道を辿りたいとは思わないけど。

春よ来い

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今年に入ってから毎週末、膨大な芦別物語を編集している。
若気の至りで作成したHPビルダーのどこでも配置モードを標準モードに変換しているのだ。
勿論自動変換モードなぞ存在せず、1枚、1ページ、1つの記事文章ごとにばらばらにし、再度組み立てるという気の遠くなる作業だ。
毎回100ページずつ変換していく。ぶっ通しで4時間前後でいければいい方。
これをやっておくと例えばスマホページへの変換もスムーズにいく。
今更やる気は無いけれど。画像が小さくなりすぎて緻密さが欠けるから。
数年おきにこうした大転換が必要となる。ホームページの管理とはそういうこと、と知ってはいても・・・。

もう北海道の炭坑関連のHPは軒並み更新を止めている。
一人走り続ける私は何だろう。と思うこともある。
走り続ける事は生きる事と同じ、止まったらそれで終わりという脅迫観念がある。
まそれも生き方の一つなのでしょう。
冬よ去れ、春よ早く。
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今週は130ページ変換した、5時間もかかった、途中でスーパーへ買いだしに行く戻って遅い昼御飯食べてまた再開。
鉱夫であり詩人のページに見いられる。

故郷芦別の詩

現実の色が薄れ、日々の消え去る速度に戸惑う頃、
浅いまどろみのなかで魂が北へと旅たつ夢を見る
深い渓谷の轟きから離れ草原を蛍のように照らす。
僅かな灯火のなか探すのは消えた古い思い出の家。
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青春の村野藤吾

遥かなる昔、まだ我々が青春と呼んだ時代があった。
大学の同級生と箱根芦ノ湖に行った。
そこには目指すべき建築、村野藤吾のホテルが湖畔に佇んでいた。

恐る恐る近寄る、プリンス系でも一際グレードが高い。
とても貧乏学生にはホールに入ってお茶を飲むなんて出来ない。

湖の波打ち際で戯れるのが関の山だった。
その小さな小波を見ながら一つ誓った。
建築家になったらここに戻ってくる、必ず。
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あれから40年という時を経て
遠い記憶が甦り今年の秋に箱根に行った。
ザプリンス箱根芦ノ湖という名称になっていた。

何度もリニューアル繰り返した部屋。
完全な扇形、というか円形。
狭いバスルームの壁さえも扇形に合わせた多角形。
部屋は当時のプリンスの規格の2倍、38平方メートル
勿論扇形で全部同じ作り。

リゾートの部屋からの景色優先なぞという世俗的発想には陥らない村野先生。
おかげで半分以上の部屋が山側、庭側、エントランス側になってしもうた。
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おまけに国定公園による制限か、3階で押えられているものだから僅かな景色の良い部屋を巡って争奪戦となる。

ホテルでは満室と断られ、やっとこさJTBでレイクビューなる部屋を押える。

これが行って見たら限界レイクビュー部屋。
あと一部屋でアウト、みたいな部屋だけど、
棟の周りにやたらと背の高い杉の木がにょきにょき生えているお蔭でさほど、劣等感を感じずに済んだ。

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ホテルの外観もそうだけど内部も村野一色で固められて、
ここまでやったら絶対業者に嫌われるという限界デザインの数々。
昔の巨匠はこうだったんだ、と大雑把な丹下さん作品ばかり見てきた私はつぶやく。

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ナウマン像の足のようなバルコニー隔壁。

レストランとエントランスホールはこれでもかと職人を苛め抜いたあとがくっきり。
ツツミさんが背後にいなかったら無理だねこりゃ。

浜田省吾

浜田省吾のツアー初当選する。
横浜アリーナと長野ビッグハット、2日ずつ合計4件に応募し、長野1日のみ当たり!

昨晩WEBで探した宿は長野駅前も軽井沢まで全て満室、
9月18日は丁度3連休の真ん中、早い人はきっと当選が決る前に宿の予約取ってるのだろうね。
こちとらその辺は素人。

翌日仕切り直し、
ようやく10日前にオープンしたばかりのホテルのツインを予約。
新しすぎて旅行会社の宿泊システムがついて行かなかったのかも・・。
直接電話作戦で3本目でゲット。何だか拍子抜け。

昨年のホールコンサートは人数も少なくファンクラブでも当選しなかったみたい。
沖縄から宮崎まで片端から応募したけど全部外れた。
今年は大きめのアリーナコンサート、動員人数が数倍!何とか25%の確立で当たった。
当選してから知ったけどキャンセル無効って書いてあったよ。

いいな~人生の予約って、子供の頃みたいだ。仕事の予定ばっかりで楽しみの予定は殆ど無いから。
翌日も休日だから軽井沢で遊んでこよう。

ずっと人生の応援歌だった浜田省吾、初めて行きます。
昨日から頭の中ではハマショーの歌が鳴りっ放し!

伊勢志摩へ

サミット直前の伊勢志摩に行く。
GWは何処へも行かず近場でという選択が多かった昨今。
今年は11連休とった。無理やり。だからどこかに行かないと勿体無い。
奥様が候補を挙げた、伊勢志摩!
今の内に行っておかないとサミット後は高くなるという珍妙なご意見。
ま、それもよし。
人気のあるホテルを上から調べて電話していく。
何故か一部屋も空いていないホテルがある。聞いてみたらサミット関係者で貸切状態。
迷った末に、タラサ志摩と鳥羽国際ホテルをチョイス。

タラサ志摩はバブル終了期に西洋環境開発と西武で開発途中だったバブルホテル。1992年の雑誌「新建築」にも載っていた。
流麗なフォルム、波や貝殻をモチーフにしたような建物だ。

一気にあの頃の記憶が甦る。行かねば。タラサへ。
旅行サイトのレビューを見るとひどい事が一杯書いてある。
浴室はカビだらけ、廊下の絨毯ははげてる。
部屋には虫がいて入れない。スタッフが少ない等等。
当初はタラサに連泊の予定だったけど取りやめて一泊だけにした。
行ってびっくり、実際は5年前にリニューアルした清潔感あふれる美しい部屋。
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窓の先は一杯の海。途中で投げ出されたといえ、バブルリゾートそのものでした。
プライベートビーチにも見える眼前の砂浜。
予算が足りないのか、中国から運ぶはずの砂は足りず、砂浜は茶色くなってる。
海を見てじっくり自分の人生を振り返る、なんてとこまでは行かない。
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近くには海の博物館、内藤さんが設計して学会賞をとった建物。
駅からだと恐ろしく不便な場所にある。
ホテルからだと歩いても20分程度。
たぶん、西武によるバブルリゾートの一環として作られたのだろう。
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大規模木造建築物の先駆者的な建物。
木組みが表情豊かでインテリア含めてデザインされてる。
海へと下りていく荒々しい扉の仕上げ、簡素で当時流行の手摺、
木材の中に対照的に使われる黒い鉄骨。
むき出しの荒々しさ、全てが大きな木造建築の船の中にある。
古い巨大木造舟のイメージが動線とともに導き出されていく。
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内藤さんのそのときの気持ちが伝わってくる。
こちらまで熱くなってくる。充実した幸せな人生の時を過ごしたのだろう。

ここまで来ると伊勢志摩もリゾートになる。
これより名古屋側はとてもじゃないが・・。

鳥羽の駅前はわんさかホテルがあるけどただの地方旅館。
まるでリゾート感なし。千葉県みたいに観光地という意識が希薄。
ただお金だけ取れればいい、という施設の羅列。
水族館、島巡り遊覧船、海さえ見えれば的なホテル。
その一つが国際ホテルだったのだけど。
まさか駅から車で3分とは知らずに申し込んだ私がアホだった。

鳥羽国際ホテルは施設だけは立派。
部屋も良いし料理もちゃんとしたシェフがいる。
ただし部屋を出ても、下りていく砂浜も散歩する道も豊かな緑も見当たらない。
夜に来て朝早く帰るには良いのかも。
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沖にはイタリアの大型客船が泊まって物資の輸送を受けている。
何故か各部屋には望遠鏡完備?
これだけかな、鳥羽湾では印象に残ったのは。

初めての伊勢志摩。
賢島まで行ってみたかったけど警備が厳しそうで遠慮。
なんせ鳥羽駅の改札近くには私服の体育会系のお兄さんがずらり。
背はそれほどでもないけど、大胸筋が学生には作れないほど盛り上がり、上腕三頭筋が畝を作る。
最初は大学施設でもあるんかと思ってたら、あとで聞いたら皆機動隊員でした。
体力維持の為、歩道には走る走るお兄さんたち。
交差点には東京から来た警視庁の車が一般車を圧している。

GWでこれだから月末には機動隊村になるんだべか。
時節柄いろんな局面が見えて楽しい旅でした。
新幹線は山手線みたいに頻繁に出てる。混んでないし早い。
東京から伊豆に行くよりもずっと早いなんてショックです。

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