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コメント復活!

一時は大量の迷惑投稿の削除に追われて、随分と長いことコメント禁止にしていました。
もう誰もこのブログを見てないだろうと思ってました。
でも読んでくれてる人もいるんだと気づきました。
ためしに最近の1ダース記事をコメント受け付けにします。
どうぞよろしく!

いざなう声

ここのところずっと慌しかった。
義理の父親が亡くなった。私はこの人が好きだった。
2年前に先に逝った義母のことも勿論大好きだった。
自分の親よりも妻の両親が好きだった。

人として素の自分を語りお互いを認め合う、そんな当たり前とも言えることが八王子の妻の実家では出来た。
心が休んだ。疲れた体と心を少しずつ開放できた。
どう、最近?。その一言で救われた。

その義父が亡くなった。
義父が入院したての頃見舞いに八王子に泊り込みで行き、義母の位牌の前で手を合わせる。
途端には義母が飛び出してきて義父を呼んでいる。
「あんた、こっちこっち、ここよ早く来なさい。」
座っている自分の左側の座布団をばんばん叩く。
凄い勢いだ。そうかあの世から呼んでいるというのはこんなにも激しい事があるんだ。
唖然。
言い終わると義母はいきなり祈る私の方を見て、「あなた達は生きなさい。頑張って。」
そして消えていった。義母の命日の直前の夜だった。

翌朝、またしても義母は祈る私の目の前に現れる。
義父の方に向いて
「早くしなさい、こっちよ」と今度は自分の右側の席を叩く。
次いで「こっちもあるわよ」と左側の座布団を叩く。

何で左から右なんだろうと思う。すぐに消えた。

その1週間後に義父は旅立った。義母の命日から10日間が経っていた。義父は精一杯抵抗していたんだろうか。
亡くなるわずか1ヶ月の間に体調は急変していた。
そのちょっと前まで元気に山登りしていたのに。

義父が入院して数日後意識を失ったと妻から連絡を受けた直後に
義父は私の目の前に現れた。
ぼんやりしたブラウン管の白黒の映像のように。
丁度スーパーで買い物が終わりレジの後ろでポリ袋に詰めている時だった。
手に買い物のペットボトルを持ったまま固まる私に
義父は丁寧にお辞儀すると
「今まで有難う世話になったね。元気で生きなさい、娘をよろしく」
最後まで律儀な人だった。
私は誰にも見えない影に向かって、無人のガラス壁に頭を下げた。
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微熱が続く

以前は疲労から微熱が続いていた、今のは昼間は元気で夜寝る前になると体温が上がる、まるで壊れたからだの組織を修復するかのように。
今日ジムから帰ってきてフト思った、筋肉組織が壊れるんだっけ、それの修復だと。
今までは家でせいぜい週に1回、ダンベル運動を8セットもやらずに疲れてひっくり返る。重量は40キロ程度だ。

でもダンベル運動は有酸素の運動ではないので持久力がつかない、ここのところ仕事でもひどく疲れやすく集中力が落ちている、ヤバイまずいよ、我々の仕事は正確さとスピード、間違えたら2度と仕事は来ない、ここのところヒヤヒヤ体験が頻発してる。まずい!

それで始めたジム通いのはずが体組織の修復が追い付かずに発熱じゃね。
謎は解けた。
家での回数の2倍以上をこなし、最後にランニングマシンで10分走ると息も絶え絶え、汗かきの干物みたいな妙な生物となって家にたどり着く。

それでも痩せたと喜んでる自分がいる、あれ当初の目的と違うぞ。

健康であること、自分で仕事をしてる人は物凄く意識してる。
自分で自分に給料を払い、厚生年金と健康保険料を2人ぶん払う。

先月数年ぶりに時間をとって健康診断をした。
どこも悪いはずはないとタかをくくっていたら衝撃的な通知。
心電図に異常あり精密検査を要すると。
奥さまが心配するする、そのうち今から入れる生命保険を調べ始めた!ナニソレ?
別の大きめの病院で精密検査を受け計3回通った、結果は、普通の人より心臓は丈夫、何の心配もないと、ソリャソウダ心臓に異常があればランニングマシンは無理や。

これで心晴れるかと思いきや、秋でもないのに日々の切なさ、通りすぎる時間がいとおしくて出来るものなら抱き止めたくなった。
朝事務所に入り窓を開ける、20年間も生活を支えてくれる場所がある、何て有りがたいのだろう。

見下ろす上野公園の深まり行く緑、流れていくうろこ雲、低く飛び交う白い鳥の群れ、いつも変わらずに見続けてきたものが愛おしい。
時間の中に浮かぶ自分、流されていく、ここに浮いている自分がこれまた愛おしい。

大事な時間、大事な人、全て意識しながらこれからも生きていこう。
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老人ホームへシャワーに

この文句が定着しそうなわが家。
近くのジムに汗をかきにいくのだが、こんな表現になりそう。

ジムといえばセレブの集い、のイメージがあった。
トレーニング中の矢沢永吉に近づいてきた小林武が何気なく
こんどのAPコンサート一緒にどうですと誘う、そんな光景すらちらつく。
期待感がいやが上にも高まる。

ところが25年ぶりのジムはそんな淡い期待を吹っ飛ばしてくれた。
まさに老人ホーム、年寄りのリハビリ天国。
綺麗な女の子の筋肉質の胸から滴る汗、真っ白な歯を見せて駆け寄る爽やかなトレーナー、彼らはどこにもいない。
ここは看護士養成所か?

私の居場所は何処だ?

若者が多いジムだと気後れする、
自分より年寄りが多いと気遣いする。
するとやっぱりここしかないのか。

こうしてジム通いは汗と涙で始まった。

5月の風は消えたけど

5月も2週間が過ぎてよりゆっくりと過ごせると思ったのは幻か。
僅か2日間で今月のスケジュールは埋め尽くされ繁忙の只中に突入。
また1年が始まる。仕事漬けの日々、仕事がなく不安と焦燥に焼き尽くされていたあの頃は遠い過去。
今は上野公園の美しさと流れの中に身をおいている。

所属する学会の会員規定に過剰な営業を戒める文章がある。
武士は食わねど高楊枝、である。
私は少しでも時間が空くとダイレクトメールを作り、さっさと送る。見知らぬ誰かの琴線に触れるように。

今回もそれをやった。
お陰で本物の楊枝をくわえ続けている。

古い古い仕来たりである。士業である者は営業活動を慎むべし、特に建築においては、である。
今は歯医者さんから税理士弁護士誰でも営業する。
元々営業活動が苦手な人が士業に参入しているのかもしれない。

私もそうだった、今も人と会うのは苦手、宣伝営業などもっての他である。
でも私にはもう一人の自分がいる
打つ手もなく疲弊し絶望に身を捩る自分を尻目に、まるで恐れを知らないかのように立ち上がる影。

そんな存在に最初は驚いたけど、今はすっかり慣れてしまった。裏と表、2つで1つ。
人は誰でも相反する両面で成り立っている、もう一人のあなたは何時でもそばにいて手をさしのべようとしている。
人格が強く固まった人ほど、その傾向は強いのだろうか。

GW10連休 下田へ

GWもまだ5日も残っている。
4月に入ってから予定通りに暇になった。
生涯消えないのではと思えた疲労感が少しずつ嘘のように消えて行った。
眼科で貰った2種類の点眼液をいくら垂らしても止まらなくなってしまった瞼の痙攣も波が引くように収まってきた。
5月の光に包まれている。幸福感に包まれて眠っている。
こんなこともう経験できないと思っていた。疲れ果てた心と体のまま一生を終えるのだと覚悟していた。

でも癒しの時はやって来た。
GW初日は久々の伊豆下田へ行く。
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ホテルは下田プリンス。10年以上前に近くの伊豆急に泊まった時に散歩中に偶然見つけたホテル。
何て古臭い、洗練されていないホテルだろうとそのとき思った。
それでも波に向かってぐいぐい押し寄せる躍動感と気迫を感じた。
中に入ると天井も低く押しつぶされそうな圧迫感がありここには泊まらないな、当時はそう思った。

気になって調べると黒川紀章の設計だった。

今回下田近辺の宿を調べていて、まだ空いていて泊まれそうなところの候補に挙がって来た。

昨年全室リニューアルしたらしい。ならば何とか見られるものになっただろうと予約する。
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部屋は最上階の良い部屋のはずだった。
リニューアルしきれてない。
部屋は33㎡と広いのに予算が無かったのか?
はたまたセンスが無いのか。
天井が今時リシン吹き付けのままかい。
ここ30年は見たことが無い。
風雨にさらされた汚れた屋外にいる気分にさせられる。

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白浜は期待よりも少し汚れた程度。
パウダー状に舞い上がり目をちくちくさせる。
2日間とももの凄い好天に恵まれ、昨年の結婚25周年で廻ったほぼ全てで曇天と雨に祟られた日々を忘れさせてくれた。

もういいんだ。休んでもいいんだ。建築と仕事の神様がくれたギフト。
頭の中にワイルドワンズの白い渚を響かせ、目で波と戯れた。
遠い記憶と今までの自分の仕事の日々が打ち寄せる波と共に襲ってくる。
全てを受け止め反芻する。隣で奥様が笑う。いつでもずっと一緒だったと。
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黒川記章のコメントがホテルの廊下に貼ってあった。
パチリ写す。以下がそれ。
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私はかつて白浜によく来たものだ。
白浜神社に宿をとり、大いに英気を養い、明日の構想を養ったところでもあった。
どこまでも透きとおった海、波に浸蝕された岩々、 真っ白な砂浜、それに自生した様々な植物。
白浜の自然は今も昔と少しもかわらなく美しく感動的だ。大きく広い砂浜がどこまでも続き、白浜神社が穏れる程、生い繁った森を過ぎると、すぐなだらかな斜面のつづく小高い丘にでる。そこから海の方へ目をやれば大島をはじめとする伊豆七島が浮かび波が白く砕けるあたりには黒々とした岩肌が海へ向って斜めにつきささっている。 この地区は国立公園特別地域に指定されており、 その自然の美しさは、この附近に類を見ない程、 雄大かつ繊細である。
この地方独特の砂左に繁る這柏慎を踏みしめながら、なだらかなスロープを散策するうちに、建築はすばらしい位置を得た。 ヒントになったのは2つのほどよく南北に離れて 横たわる小高い丘である。ホテルの客室棟を2つ に折り曲げ、2つの丘がつくっていた等高線沿いに南北に配置した。海抜18m。丘の高さは31m及び36m。 自然の条件を最大限に保護したかったからである 国道側から見れば2つの丘は昔のままの姿を残すだろう。建築はこれらの丘にそっと肩をなでられるように静かに海へ向って折れてゆく。 これらのあいだに3つの石臼形のパブリックスペ ースを低くおさえて配置した時、建築は自然の中で生き生きと調和するはずだ。
ここで採用した壁式ラーメン構造によって全ての客室は柱がなくなり、広さもゆったりとれ、海への開口を大きく確保することができた。又、雁行し独立したバルコニー、25cmある分厚い壁、各部屋毎に設けられたパイプシャフト等によって、客室のプライバンーが確実に保たれる。 海をいっぱいにとりこんだ広いレストラン、落付いたラウンジ、いきなバー、海を見おろすセミナ ールーム等、南伊豆特有な自然の中に風格ある本格的リゾートホテルとなるだろう。
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この若々しい黒川さんの顔!自信と意欲と未来への期待に溢れている。
若い頃の私は彼らのこうした建築へのコメント解説を宝物のようにして守り咀嚼し栄養にして育った。

夢)2人いる

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夢、事務所にいる、何時もは薄暗い吹き抜けが妙に明るく夕陽が差し込んで光っている。
何かあるんだろうか、もう帰るからいいや。
そう思いながらキッチンに入ると男がボーッと立っている。
頭の薄くなった中年ふとりの丸顔の男だ。何だどうやって入った?
玄関の鍵を見るとちゃんと閉まってる。
男はなにも言わずにただ立ってるだけ、訳が分からない

こっちに来いと言って事務室の方に連れ出す。
するとそこにも男が立っている。
少し背の高い長細い顔をした中年の男だ。風采が上がらない。
何なんだ君達は、すると男は黙ってスケッチブックを差し出した。
小さな茶色くなったよれた古い感じの表紙。
中には学生時代に良く描いた図学の演習のような精密機械の3次元パース。

複雑な曲線もきれいに描いている。
えっ、これは私も描いたことがあるぞ。
相変わらず男は黙っている。二人を同時には見ることが出来ない。

キッチンの小さな窓から吹き抜けの光が差し込む。
奥には異常な数のワイングラスが積み上がっている。
使われることもない、それでもキラキラ光り続けている。
これを全部運び出さなきゃ、そう思う、

夕暮れの時の中に全てが浮かび上がり、時が止まっている。

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このふたりは私自身の分身だ。
忘れてしまった過去の自分。
必死にデザインを勉強し未来のデザイナーを夢見ていたあの頃の自分。
積み上がったのは使われることの無い貴金属。
割れれば何も残らないのに。

画像は上野公園の桜

水戸の梅

今年の楽しみのひとつが消えた。仕方なかー、倍率が高すぎる、平日だから皆腰が引けるかと思ってたら、省吾ファンはそんなに柔ではない、当たりもしないチケットのために3か月前から有休を取ってスタンばる。
その熱意の川が見えるようだ。
かくして私は流れ去った。1回の落選でも1年以上待つのだ。次回は一体何時なのだろう?
浮いた予算で二人で旅行に行こう。ココロイヤス旅へ。

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先先週は疲れた体に鞭打って水戸まで行った。丁度梅が見頃、偕楽園は人だかり梅だかり。


でも奥様の狙いはそこではない、県立美術館の東山魁偉だ。
唐招提寺の障壁画を見ることだった。
東山かいい?白いお馬のメルヘンチックな日本画家だよなー、気乗りうすだった私は薄暗い館内に入って目がなれてきたところで驚いた。
目の前に波が押し寄せ風が渦巻き潮の匂いまで満ちてきそうな空気感があふれている。
なんじゃこりゃ
ターナーだ。山入端から水蒸気が立ち上ぼり流れ包みまた押し寄せる、これほんとの景色のエッセンスを凝縮した流れる絵だ。
茫然と絵の前にたち体が揺れ吸い込まれそうになるのを支える。
すごい、これを見に来たんだ、恐るべし魁偉。
私は無知だった。
この人の描いた売れるための絵だけ今までは見てた。
東郷青児の日本画版と思ってました。


水戸は近い、特急で1時間もかからずに着いてしまう、行きは良いが帰りが大変、偕楽園からの帰りのバスがとんでも混雑、本数も少なく電車で来た人の事はまるで頭にない、といった塩梅。
タクシーは大渋滞で呼んでも来てくれない。
2どめだけど二度と来るものかと思う。

水戸に少しだけこだわりがある、親父が若い頃ここの航空通信隊にいたようでこの変わり果てた町は親父の青春の舞台だったようだ。
定年後に一人でときどき来ていたみたい。
そんなにいいと思う場所なら母を連れてくるべきだったんじゃ、と思ってしまう。
想い出は分かち合うと色濃さを増す場合もあるから。
後ろめたい気分なんて時を経た春の風が吹き飛ばしてくれるから。

ここに来るまでのいきさつは親父が亡くなるちょっと前にうわ言のように聞いた。
お祖父さんとの長い長い確執の果ての場所らしい。海軍の大佐だったお祖父さんと陸軍の大尉だった親父とは死ぬまでいがみ合い理解し会おうとはしなかった。
なんせ死ぬ直前までこだわっていたからなー、

人の歴史は長く曲がりくねっている、その道を辿りたいとは思わないけど。

春よ来い

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今年に入ってから毎週末、膨大な芦別物語を編集している。
若気の至りで作成したHPビルダーのどこでも配置モードを標準モードに変換しているのだ。
勿論自動変換モードなぞ存在せず、1枚、1ページ、1つの記事文章ごとにばらばらにし、再度組み立てるという気の遠くなる作業だ。
毎回100ページずつ変換していく。ぶっ通しで4時間前後でいければいい方。
これをやっておくと例えばスマホページへの変換もスムーズにいく。
今更やる気は無いけれど。画像が小さくなりすぎて緻密さが欠けるから。
数年おきにこうした大転換が必要となる。ホームページの管理とはそういうこと、と知ってはいても・・・。

もう北海道の炭坑関連のHPは軒並み更新を止めている。
一人走り続ける私は何だろう。と思うこともある。
走り続ける事は生きる事と同じ、止まったらそれで終わりという脅迫観念がある。
まそれも生き方の一つなのでしょう。
冬よ去れ、春よ早く。
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今週は130ページ変換した、5時間もかかった、途中でスーパーへ買いだしに行く戻って遅い昼御飯食べてまた再開。
鉱夫であり詩人のページに見いられる。

浜田省吾アゲイン

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今年はまさかの年2回、過去25年間でメジャーコンサート参加ゼロの我々がついに行ってしもうた。
埼玉スーパーアリーナ、ドアツードアで丁度1時間、楽だ。
前回の長野泊まり込みとは大違い。
猛烈な雨に叩かれる心配も帰る時間を気にすることもない、唯一の心配はでかすぎて米粒の省吾となる恐れのみ。
しっかり双眼鏡も眼鏡かけたままで見られるやつを準備。
このまま消化不良で良いわけがない。
行くぜ省吾、と相成りました。
後から申し込んだので4階の絶壁席、しかもステージ直角
これが良いのだアリーナのように跳び跳ねる必要もない、
頭の後ろまでレスト出来るフカフカ席、嬉しい、省吾からも遠くない身も心も。

上から見下ろすとステージから後方へ光の川が流れそれを左右の断崖絶壁が挟み込んでいる。
こちらからだと鏡のように対岸を見ているみたいだ。
事実音は後方へ飛んでから反射し2方向から聞こえていた。

斜め前に2人の背広を着た中年男性。
兄弟のように雰囲気が似ている。
がっしりした顎とこめかみが歯を食いしばって生きてきた証。
省吾の歌に合わせて肩が揺れる。
平均年齢50代、軽い歌にはびくともしないおとこ達が指を突き上げ心のなかで叫ぶ。
それぞれの人生ごと音の波に浸し流し歌っている。

凄い光景だなと思う、ミッドナイトブルートレインでは私も声がでなくなった、無理に出したらとうにわすれたあの頃の涙が吹き出しそうになったよ。

不思議だね省吾、1万7000人の大人たちの心を鷲掴みにしていく。

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